第25話 白金の姫騎士
◇◇◇
「さぁ!どこからでもかかって来なさいですわ!」
セリエは自身の持つ斧槍の側面を大楯に叩きつけてリザードマンを挑発している。
一方のリザードマンは、シュルシュルと蛇のような舌を口先から出し入れしつつ、ジリジリと用心深くセリエとの間合いを測りながらその隙を探る。
リザードマンは魔物の中では狡猾で残忍な種族だと言われることが多い。シミュラクルの神話においては、蛇の一族であるリザードマンは、かつてその狡猾さから龍の神を裏切り、その罰として魔物へ成り果てた竜種の末裔だとされている。
彼等は武器を使い、地形を使用した不意打ちを得意とする。しかし、腐っても竜種の末裔であるため、素手でも容易に人間をバラバラにすることができるほどその力は強い。
だが、この個体はリザードマンの中ではそう身体が大きい方ではない。投擲により槍を失った
リザードマンはセリエと十分に距離を保ちつつも、その前腕を様々な角度から彼女に向けて何度も振り下ろす。セリエは大楯を使ってその攻撃を受けては、素早く斧槍を突いてリザードマンに傷を負わせていく。
先程からセリエに対する致命打を与えられないまま傷を重ねていくリザードマンに対し、セリエは堅実に優勢を維持し続けている。
(いけますわ!このまま……!)
───ギャオォオオオゥ!!
その時、全く倒れる様子の見えないセリエに対してついに痺れを切らしたのか、リザードマンは一際大きな咆哮とともに大振りの一撃を放った。しかし、これもセリエは攻撃のモーションを見切り、冷静に大楯を使ったシールドバッシュを合わせてみせる。
その一瞬、魔物の胸元に大きな隙ができた。
(そこですわ!)
それを見たセリエは、反対側の足をもう一歩深く踏み込み、自らの斧槍を突き出す。
しかし、咄嗟に振り回したリザードマンの太い尾が、一瞬早くセリエの側面を薙いだ。
「──っう!」
セリエは、リザードマンから初めてまともな一撃を受けて後退る。しかし、全く無防備な側面から攻撃を受けたにもかかわらず、セリエにはその威力が殆ど感じられなかった。
つまり、学園の絶対的エースであったフィンに続く学園の⦅次席⦆であり、しかも⦅盾職⦆であるセリエには、この程度の魔物の攻撃が通じるはずがなかったのである。
彼女はこの時初めて、学園都市の卒業という肩書きが伊達ではないのだということを理解した。
いける、セリエは確信する。また、セリエがそう気がついたのと同時に、リザードマンも互いの力量差と己の不利を悟ったらしい。
勝利がセリエの元へ訪れるのはもはや時間の問題でしかなかった。
「ふん、──こんなものですの?はっきり言って相手にならないわ。早く退いたらどうかしら?それともここで干物になりたいの?」
魔物に言葉が通じるかどうかはわからないが、セリエはリザードマンを挑発する。仮に成功すれば先程のような大振りに合わせて今度こそ斧槍を深く突き立ててやる。失敗しても、これでリザードマンが逃げ出せばフィンの手当てに回ることができる。
セリエがそう考えていた矢先、彼女の⦅挑発⦆を受けたリザードマンが突如その身体をブルリと震わせた。
すると、そのヌルヌルとした身体の表面から霧のようなものが立ちはじめ、周囲へと広がっていく。リザードマンはゆっくりとその体色を変えていき、……やがて再びセリエからその姿を隠した。
「っく……霧の幻術を使うとは、やっかいですわね!」
セリエは、一人焦っていた。
おそらく、出血量から見てフィンの傷はかなり深いだろう。また、先程見た時にはリザードマンの槍がフィンの身体を貫いていた。早く治療しないと手遅れになる。
このため彼女は早急にリザードマンとの決着をつけ、街まで彼を運び込まなければならないと考えていた。
「どこ!?出てきなさい!」
セリエは焦りから闇雲に霧の中へと槍を振るうが、彼女を警戒して距離をとっているリザードマンには当たりはしない。
……
その時、後ろに蹲っていたフィンの方へ向かうザザッという音が聞こえる。
「──ッしまった!」
その時既にリザードマンは、セリエを倒すことではなく、彼女からフィンを奪い去って逃げるということにその目的を移していたのである。
リザードマンは愚か、
だからセリエには彼らの正確な位置がわからない。彼女が焦って下手に武器を振り回せば、誤ってフィンを傷つけてしまうかもしれない。
「私としたことがっ……!」
焦りのあまり、セリエは少しでもフィンの見える位置まで進もうと、音のする方へ脚を走らせる。
──ッ!?
突如、セリエは何かに足を取られてその場に転倒した。
さらに転倒の際、前に向かう勢いを上手く殺し切れず、手首の関節に異常な負荷を掛けてしまった。
グキという嫌な感覚に、彼女は思わず手にしていた盾を手放してしまう。
彼女の盾は転倒の勢いのまま霧の中へと消えていく。
「……ぃった…手首を
どうやら左手首を
その時、シュルルルという不気味な音をたてながら、彼女の眼前にリザードマンの目だけが怪しく浮かび上がる。
やがてそいつはゆっくりと、霧の中から姿を現した。
その手には、先程
その槍先は、血に濡れていた。
「フ……フィン!?そ、そんな……」
リザードマンの血に塗れた槍を見て、セリエの頭の中に
リザードマンは狡猾で、残忍な種族である。
そして彼等は自らの
やつがわざわざ
(なんで、こんな奴なんかに……)
まさか、学園⦅首席⦆がこんなに呆気なくやられてしまうなど、彼女には信じられなかった。
しかも、
「私の所為で……フィンが!」
セリエの頭の中が真っ白になりかけたその時──
リザードマンはビクンとその身体を震わせ、口から血を吐いた。
一瞬のことで、セリエには何が起きたのかわからない
だが、リザードマンの胴体からは、何者かの
……え?
やがて、リザードマンの目から光が消え、奴はその場に崩れ落ちた。
そして、その背後に立つのはセリエのよく知る男……
「ふう、間に合ってよかった。時間稼ぎしてくれてありがとうセリエ。」
フィンは、セリエにニカッと笑いかけてそう言った。
「……っフィン!?」
セリエは、目の前で起きた事にまだ理解が追いつかない。そのため、フィンの顔をまじまじと見つめ、かけるべき言葉を必死に探していた。
……
しばらくセリエに見つめられたことに、フィンは何を思ったのか、
「じゃ……、なかった。セリエ……様?」
その顔を罰が悪そうなものへ変えつつ、彼はそう言い直したのであった。
◇◇◇◇◇◇
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