閑話 世界の観測者


 ◇◇狭間の空間(観測者の間)───


 観測者たるルシフェルは、現在も自らの管理する⦅シミュラクル⦆の一つを眺めていた


 その姿は、三対六枚の翼を持つ識天使をとっている



 その視線の先に映っているのは、かつて⦅万魔殿⦆の最下到達層を更新したこともあるプレイヤーの⦅主人公アバター⦆である



 彼は仲間とともに、とあるダンジョンのボスに挑んでいる最中だ。もちろん、そのレベルは現在のフィンとは比べ物にならないほど




『ふうん。完成度がここまで高いゲームであっても、所詮はゲームってことか……長く飽きさせないためだったのか、にしたゲームバランスになってるんだね。これは、盲点だったなあ』



 ────マリエラ!回復を頼む!


 ────っダメです、間に合いません!



 ルシフェルの視界に投影された世界では、⦅⦆の仲間達が次々に傷つき、倒されていく。

 ゲームが現実となった世界において、そこで倒れるということは、即ち⦅⦆を意味している



 ────くそ!ハキーム!奴を抑えられるか!?


 ────任せろ!


 

 ルシフェルは、フィンのそれ以外にも無数のアカウントデータと共に存在していた⦅シミュラクル⦆の世界をパラレルワールドとして現実世界へと変換している



 元々は現実世界のプレイヤーがログインすることでその世界を生きていた⦅主人公アバター⦆達は、それぞれが現在いまや人格を持つとして存在していた。しかし、その人格は、かつてプレイヤーに操作されていたときの嗜好や興味といった思考パターンの影響を随分受けている様だ



 彼等はゲームの⦅主人公アバター⦆として歩んできた足跡をまるでなぞる様に生き、そして死んでいく



 ────ぐぁああぁっ!!


 ────ハキーム!?くそっ!撤退だ!


 ──── 早くッ!こっちへ……キャア!


 ────マリエラ!!


 ────大丈……ッ


 ───


 ……





『また一つ、⦅シミュラクル⦆が終わったか……には少し、期待していたんだけれど……』



 ルシフェルは、視界の先で倒れる男を哀れな目で見つめたあと、そっとその世界から観測点である⦅神の目⦆を離す



『さて、いったい……この世界の終末ラグナロクを生き延びる⦅シミュラクル⦆は、いくつ存在するのかな』



 そう言って、彼はくっくと笑う




『さて、紅茶でも淹れようか。そろそろ彼が戻る頃だろうし……そうだ!この姿で待っていたら、きっと驚くだろうなぁ……』



 ルシフェルは自らの姿を見た時の彼の顔を想像すると、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、目の前の宙へと手を伸ばす────すると、その手にフワリと何処からともなくカップが現れた。そこには湯気を立てたレモンティーが注がれており、彼はそっと口をつけた



『────!?……ゴホゴホッ!あっつ!』



 ルシフェルは紅茶の熱さに思わずむせる。しかし、どう言う訳か彼は、ふふっと一人である



 観測者たる神とて、未来のかといえば、そうではない。時に、思いもよらないハプニングが起きることもある。そして、そうした意外なものの中にこそ、真理へと至るための手がかりは隠れているものだ



『期待しているよ────フィン』



 そう言うと、ルシフェルはまるで心底愛おしいものを見る様に、フィンのいる⦅シミュラクル⦆を覗き込むのであった


 ◇◇◇

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