第16話 継承されていく記憶
◇◇◇
ひとまず全員のステータスの確認を終えたフィンは、
未だ膨張を続ける黒い霧に向かい合ったまま、すぐさまそれぞれに指示を出した。
「マリエラ、すぐにその霧から離れろ!そこからデカいのが出て来るぞ!
ラミーは、俺と一緒に前だ!ミレッタ!……さんは、とりあえず大人しく隠れていて下さい……」
マリエラは直ぐに、はい!とフィンに返事をして黒い霧から距離を取る。
ミレッタは、あらあら……。と口にしながらも、その場から離れようとする素振りは全く見えない。
だがラミーは、フィンに
フィンがその違和感に後ろを振り返れば、彼女は尻尾を丸めてその場で蹲り、震えていた。
フィンはすぐさま彼女に駆け寄り、その両肩に手をやる。
「ラミー!おい……ラミー!いったいどうしたんだ!?」
「……こ、この黒い霧……!あ、あたし
ブルブルと震えて霧から目を逸らすラミーは、いつもの明るくて元気な彼女では無い。
「そ、そうか。どこで見た?……何を知っている?」
「……ゆめ……で………を、殺した……つが来る……」
何とかラミーは言葉を絞り出したが、途切れていてよく聞こえない。
「……誰を、殺すって?」
フィンは、もう一度彼女へと問い返した。
「な……何で、
ラミーは、そのアーモンド型の眼にいっぱいに涙を浮かべてフィンを見つめながら
「
やっとの思いでその
その瞬間、フィンの頭の中は真っ白になった──
彼女がフィンを
どうしてなのかまではわからない。
そして、今はそれを確かめている時間もない。
今は何としても彼女の戦意を取り戻し、戦いに参加してもらうことを優先するべきである。
それに、記憶が戻っているのなら、彼女は奴の倒し方を
「だ、だけどお前は……ラミーは、そいつを倒したんだろう?俺の復讐を、果たしてくれたんだろう!?教えてくれ!奴の倒し方を!」
フィンはラミーを抱き起こし、必死に情報を聞き出そうと試みる……だが……
「ち、違うよ!そんなことしてない!あたしは、貴方を置いて逃げただけ……一人で……
「そ、それで……?」
「あなたは、あたしが逃げ切れたってことを確信した後、怪物に向き直って戦いを挑んだ。
だけど、あなたは……最後にあたしの名前を呼びながら……し、死んじゃって……そこで、⦅夢⦆は終わる」
ラミーは、その言葉を伝えた後、再び崩れ落ちる。
「ラミーさん!しっかりして下さい!」
マリエラがすぐさま駆け寄って来て、彼女に回復魔法をかけている。
◇◇◇◇◇
俺の名前をファーストと呼んだ。
そして、俺の⦅死の瞬間⦆を知っている。
彼女は
なるほど、今の答えでわかった気がする。
おそらく、彼女は前回の自身の記憶そのものを覚えているわけではない。
彼女が見ているは、覚えているのは、おそらくは……
⦅俺⦆の記憶だ。
何故かはわからない。ただ、彼女には前の周回での俺の記憶が流れ込んでいるようだ。
そしてそれらのことは、先程から抱いていた別の違和感に、一つの答えを与えてくれる。それは何故、⦅彼女⦆がここに現れたのか、という事だ。
◇◇◇◇◇
「……ミレッタ。
フィンは、その場に居る
「なぁ〜に〜?フィン、当然でしょう?」
彼女は意味深な笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「それに、⦅ミレッタ⦆なんて他人行儀な呼び方は、好きじゃないの。知ってるでしょう?ダーリン?」
「……っぐ。俺も、その呼び方は嫌いだ。」
「あらあら、ふふ。つれないのねぇ〜」
ミレッタは、クルクルと自身の髪先を弄りながら、ほぅと吐息する。
「みみ、皆さん!大変興味深いですが……そのお話、本当に
マリエラが焦った声で、そして、叫ぶように、その瞬間が来たことを教える。
「──霧が、晴れます!」
彼女の言葉に、フィンたちが霧の方へと顔を向けたその瞬間、
狼の胴体の首から上にトカゲの上半身を生やした様な、グロテスクな容姿。
トカゲの頭から覗く赤黒い眼と、大きく耳まで裂けた口。
そこから何重にも乱雑に重なった鋭い歯。
前回見たものと全く同じ怪物──⦅
「っきゃ!これは結構な大物ね。」
ミレッタは、余裕の表情でどこか嬉しそうに怪物を見つめて言う。
「マリエラ!ラミーを連れて後方に下がれ!」
「はい!ラミーさん。ちょっと、失礼しますね!」
「いや!ファ……フィン、フィンがまた死んじゃう!」
ラミーはジタバタと抵抗してはいるが、レベルが半分程度しかないマリエラの腕から逃れるほどの力さえ出せていないようだ。精神的なショックは、相当に大きい様である。
更に、ラミーのケアのためにマリエラまでもが戦力として当てにできなくなってしまった。
(戦場でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した兵士の為に、大国の精鋭部隊が全く使い物にならなくなった。なんてのは聞いたことがあるが、いまがまさにそれだな……)
フィンは、ダメ元とは思いつつ、傍らの大魔女に目線を送り、確認する。
「いけるか、ミレッタ?」
「そうねぇ?けどそれは、
その問いに彼女は、片眉を上げた少し意地の悪い目線をフィン向けながらそう答えた。
「……わかった。じゃあ、下がっててくれ。」
しばらくの逡巡の後、フィンは彼女にそう告げる。
「ふふふ。もう、意地っ張りなところもすっごく可愛いわ。危なくなったら、いつでもお姉ちゃんに頼って良いのよ?」
「それは、今の俺のプライドが許してくれそうにない。」
「あらあら。本当に、いつもそうやって甘やかしてくれないのね。」
「……」
ミレッタの言葉は聞こえているが、フィンはあえて無視して目の前の災厄に意識を集中する。
一方の災厄も、一番近くにいたフィンに狙いをつけたのがわかった。
「っち。マジか……これだけ仲間を集めても結局、
フィンはそう独白すると、一人災厄へと駆け出すのであった。
◇◇◇
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