第二話 ハーレム主人公の幼馴染ちゃんはおしゃべりが好き
「まぁ、もうこんな時間だわ……起こしてくれて本当にありがとね? 私ったら学校だとつい眠り過ぎちゃうクセがあるの……だって、退屈でしょう? 寝るくらいしかやることがないわ。でもおうちだと夜更かししてるのよ? テレビとかアニメとかインターネットとかゲームとか、いっぱい楽しんでるわっ」
無口だとばかり思っていた霜月しほは、やけにおしゃべりである。
聞いてもないのに自分から色々と教えてくれていた。
「でも、帰る時間が遅くなったら、パパとママが心配しちゃうわ。もう高校生なんだから、門限が18時はどうかと思うけど……もうちょっと子離れしてほしいものだわ。ねぇ、そう思わない?」
「え? ああ、うん……そう、かもな」
放課後の教室で、白髪の綺麗な女の子がニコニコと笑いながら俺を見ている。まるで夢を見ているような気分だった。
「あ、そういえば理由を聞いてなかったわね。ねぇ、どうしてびっくりしてるの? 何か驚かせるようなことしちゃった? だったら、謝りたいのだけど、理由も知らずに謝るのもそれはそれでおかしな話よねっ」
「うん、別に謝る必要はないけど……その、いつも無口だから、こんなに話すとは思わなかったんだ」
正直な思いを伝える。
しかし彼女はきょとんとしていた。
「……無口?」
その顔は、『どうしてあなたは私が無口だと知っているの?』と言っているように見えたので、俺は補足するように説明を続けた。
「えっと、俺はクラスメイトだから、たまに君のことが目に入るんだけど……その時、大抵は寝てるし、話したとしても一言だけだったから、無口だと思ってた、ってことだけど……」
たぶんこの子は俺のことを知らない。
モブキャラで、いつもぼんやりしている俺のことなんて、認識していない。だから、見ず知らずの人に自分のことを把握されていて、困惑している――と、俺は考えたのだが、どうもそれはネガティブすぎるみたいだった。
「あなたがクラスメイトなことは知ってるわ。出席番号25番中山幸太郎君で、私と同じく友達がいなくて、いつもぼんやりしてることくらい、教えてもらわなくても知ってるけれど」
「そ、そうなのか?」
びっくりした。
こんなにかわいい子が俺みたいな地味な奴を知っていることに、一番驚く。だけど彼女は人懐っこく笑いながら、俺のお腹をぽかりと叩いた。
「あ、もしかしてバカにしてるの? えへへっ、このこの~。私はそんなにバカじゃないわっ……あ、ごめんね? これ、一回やってみたかったの。私、友達いないから、こういうじゃれあいに憧れててっ」
お腹を小突かれて、少しこそばゆい。
そして何より、あの無口で氷みたいな美女が、まるで熟したりんごみたいに赤い顔で笑っているのを見ていると、なんだかこっちが照れそうだった。
霜月しほは、たぶん興奮している。
「こうやっておしゃべりできると、楽しいわ。うふふ、今日は素敵な日よ……寝過ごしていたら、中山君が話しかけてくれた。私、話しかけるのは苦手だから、ずっと待ってたのよ? あ、中山君って呼ぶのはなんだか他人行儀だから、あだなとかつけていいかなっ?」
「え? あ、うん。いいけど」
「えっと、じゃあ……中ちゃんなんてどうかしら? ああ、ダメだわ。艦隊ゲームのアイドルみたいだもの。中山君はアイドルっぽくないし、そうね……幸せ太郎くんなんてどう? うーん、それだとキャベツのスナック菓子みたいだわ」
こんなに楽しそうにあだなを考える子を俺は初めて見た。
そしてこんなに一気に話す人間も、初めて見た気がする。
あと、話が色んな方向に脱線しまくるのも、なかなかレアな気がした。
「霜月って……もしかして、無口じゃない?」
話を本題に戻す。彼女は俺のことを知っていた。だったらどうして『無口』と言われてきょとんとしたのだろうか。
その理由を、彼女は俺が求めている以上の説明で教えてくれた。
「そうよ? 私、無口じゃないわっ……えっと、友達がいないからお話する機会がないだけだもの。あと、その……ちょ、ちょっとだけ人見知りかもしれないけれど、こうやってお喋りするのは大好きよ? 無口だなんて、失礼しちゃうわ。このこの~」
またお腹を突かれる。じゃれあう、と呼ぶには少し方向性がずれている気がした……友達がいなかった、というのも本当かもしれない。
この子のトークはあまりにも一方的すぎるっ。
俺が話を差し込む暇がないくらいに、矢継ぎ早に色々なことを言うのである。
だったら、どうして……あいつの前では、無口だったのだろうか?
「でも、竜崎によく話しかけられてるのに、どうして今まで何も話さなかったんだ? たまに見ていたけど、竜崎と話しているところなんて見たことないぞ?」
強引に俺の話をねじ込む。そうしないと霜月の話が終わりそうになかったからだ。
そしてそれは、俺がずっと聞いてみたかったことでもある。
どうして俺の前でだけ饒舌になるのか……その理由を、彼女は教えてくれた。
「竜崎龍馬…………」
その名前を口にした瞬間、霜月の表情から色が消えた。
まさしく、俺がいつも見ているような透明で冷たい少女に戻った彼女は、感情のない声でこんなことを言う。
「内緒にしてね……私、あの人がとっても苦手だわ。やけに話しかけてくるし、なんか幼いころからずっと隣にいるし、不気味だもの」
「えぇ!?」
どうやら理由は、単純だったようだ。
モテモテでハーレム気質の主人公な竜崎が、恐らく好意を持っているであろう幼馴染の霜月しほは……あいつのことを、嫌っていた。
「いつも素っ気なくしてるつもりなのに、どうしてあんなに付きまとうのかしら……あと私、浮気性の人間って苦手だわ。一途でまっすぐな子が好きだもの……純朴で、大人しくて、私の話を聞いてくれるような、優しい人が好きだわ」
しかもめちゃくちゃにダメだししていた。
そうかぁ……浮気性の人間が、嫌いなのか。
だったら竜崎の思いが報われることはなさそうである――
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