霜月さんはモブが好き
八神鏡@ようあま書籍化&霜月さん1~5
プロローグ モブキャラに成り下がった元主人公の悲しい学園ラブコメ
俺だって、高校生になるまでは自分のことをモブキャラだなんて思っていなかった。いや、むしろ主人公に近い存在だったとさえ思っていた。
だけど、高校生になってあいつと出会ってから、俺は自分のことをモブキャラだと認識した。
あいつ――竜崎龍馬と出会ってしまって……ハーレム気質の主人公様と出会ってしまったせいで、俺は自分が脇役であることを思い知らされたのである。
そして俺はモブキャラとなった。
何も物語を生み出せない、教室の隅でいつもぼんやりしているだけの、空虚な学園生活を送ることになったのである。
今日もまた、教室の隅からかつて大好きだったあの子たちを眺めていた。
「ねぇねぇ、龍馬おにーちゃん? 今度ね、一緒に水着買いに行こうよっ」
黒髪を二つに結んだ小さい女の子が、椅子に座っている竜崎の膝の上にちょこんと座っていた。彼女は、俺の義理の妹だった。
誕生日は数カ月しか違わないけど、一応は俺の方が早く生まれたので義理の兄ということになった。幼い頃に両親が再婚して以来、俺たちは本当に兄妹のようにお互いを思いやっていたはずなのになぁ。
かつて、俺に懐いていた義妹の中山梓は、すっかり竜崎に夢中だった。一生懸命気を引こうとしている姿を見て、心が痛んだ。
そういえばちょっと前までは、ああやって俺にもよく甘えてくれていたけど……最近はあまり会話もしなくなって、少し寂しかった。
「おいおい、梓。まだ五月だぜ? 水着は早いんじゃないか?」
「えー? でも、龍馬おにーちゃんに水着姿、見てもらいたいなぁ……って」
「そうか? まぁ、見たいけどな!」
竜崎は梓の頭を撫でながら笑っている。梓も嬉しそうに笑っていた。
休み時間だからって、教室のど真ん中でイチャイチャしている。梓は恥ずかしがり屋だったから、本当は目立つようなことは苦手なはずだ。でも、竜崎が好きだから、人前だろうと関係なくああやって甘えているのだ。
それを見ているのが、酷く辛かった。
「でも、いいのではないでしょうか? ちょっと早いけど、見るくらいなら大丈夫ですよっ」
梓に負けじと、グイっと前に身を乗り出したのは長い黒髪が綺麗な大和撫子である。彼女は、俺の幼馴染だ。
北条結月。背は小さめだが、肉付きのいい体をしていて、学校中の男子に人気のある女の子である。
「実はわたくし……胸が少し大きくなってしまったんです。だから、去年買った水着のサイズが合わなくて……」
「へ、へぇ? ふーん、水着が……それはたいへんだなっ」
結月は、胸が大きいことがコンプレックスだったはずだ。でも、少しでも竜崎に気に入られようとして、胸を強調するような発言をしている。
自分を変えてまで好きな人に愛されようとしている姿を見ていると、胸がしめつけられるように痛んだ。
「りゅー君のスケベっ。本当は女の子の水着姿が見たいんでしょ? だったら、見たいって素直に言えばいいじゃーん♪」
テンション高めで竜崎のほっぺたをつついているのは、鮮やかな金髪がよく似合っている女の子。彼女は、俺の大親友だった。
浅倉キラリ。ギャルというか、全体的に派手な雰囲気の女の子である。結月ほど胸は大きくないが、制服をゆるく着用しているので胸元が少し見えていた。スカートも短いし、思春期の男子高校生には目に毒である。
「見せてあげてもいいんだけどなぁ~♪ ほら、りゅー君……素直になれよっ」
「っ……み、見たいですっ。女の子の水着姿が、見たいです!」
「ふーん? アタシの水着姿見たいんだー? だったら、見せてあげてもいいよっ」
そう言って、キラリはわざとらしく前にかがんで胸元を竜崎に見せつけていた。きっと、際どい部分まで竜崎には見えているのだろう……俺からは見えないけど、あいつがふしだらな顔をしていたので、全てを察した。
……中学生までは、もっと大人しい女の子だったんだけどなぁ。正確に言うなら、高校の入学式の当日までは、黒髪のお団子頭をしていた。眼鏡もかけていたし、制服もきちんと着用する普通の女の子だった。
俺と結構気が合う子で、よくおしゃべりしていたのだが……入学式に竜崎と出会い、あいつが派手な女子が好きと知ってから、イメージをガラッと変えた。
……好きな人の好きなタイプになるために、今までの自分を捨てたキラリを見ていると、やっぱり胸が苦しくなる。俺がかつて好きだったあの子は、もうどこにもいなかった
(……くそっ)
机の下で、拳を握る。
かつて、中学生になるまでは……竜崎の立ち位置にいたのは、俺だった。
あの三人と仲良しで、いつも一緒にいたはずなのに……今ではすっかり、蚊帳の外だ。
今まで、俺は自分のことを主人公だとばかり思っていた。
かわいい義理の妹がいて、綺麗な幼馴染がいて、仲良しで魅力的な親友がいたのだ。高校生になっても、きっと三人と楽しい毎日を過ごすのだとばかり思っていたのだ。
でも、現実は残酷だ。
高校の入学式に、俺は竜崎に全てを奪われた。
俺が好きだった三人は、すっかり竜崎龍馬に夢中である。
しかも、むかつくことに……竜崎はどうやら『ハーレム気質の主人公』らしく、あいつの周囲にはもっと多数の女の子がいた。
今はクラスにいないけど、後輩の小動物みたいな女子とか、先輩の生徒会長とか、同学年で剣道部の主将とか、例を上げたらキリがない。
それから今も、三人に加えてあと一人、竜崎ハーレムの一員がいた。
「そういうわけで、放課後に水着を見に行くんだけどよ……しほも、行かないか?」
竜崎がクルリと後ろを振り向く。あいつの真後ろの席には、竜崎ハーレムの最古参らしい、あいつの幼馴染の霜月しほという少女が座っていた。
「…………?」
ずっとうつむいて寝ていたであろう彼女は、竜崎に声を掛けられて億劫そうに顔を上げた。北欧系の血が入っているらしく、色素の薄い髪の毛がとても綺麗な女の子である。
儚い、というか……ガラス細工みたいに繊細で、透明な少女だ。
学校でも一番と言っても過言ではないくらいの容姿である。そんな彼女が、竜崎の幼馴染というのだ。あいつはいったいどれだけ女運に恵まれているのだろうか。
「また寝てたのか? まったく、しほはいつも眠そうだな」
竜崎は笑って霜月の頭に手を伸ばす。撫でようとしているらしいが、彼女は微かに嫌そうな顔をして、軽く手を払った。
「…………なに」
それから、無表情で用件を尋ねている。
霜月はいつもあんな感じだ。無口なのか、普段はとても無口で、他人に話しかけられるまで絶対に話さない。
幼馴染の竜崎に話しかけられても、こんな感じで最低限のことしか言わないのである。
そんな彼女のことを、どうも竜崎は心から愛しているようだった。
恐らくは、俺が大好きな三人よりも……いや、他のどの女の子たちよりも、たぶん竜崎は霜月に好意的だと思う。
現に今も、一緒に買い物に行こうとわざわざ誘っているくらいだ。
普段、竜崎は自分から女の子を誘うことはしない。いつも受身だが、例外が霜月だけである。彼女にだけは、いつも竜崎から誘っていた。
でも、霜月の答えはいつも同じだ。
「…………いい」
二音発して、彼女は再び顔を伏せた。腕枕に顔を埋めて睡眠の態勢に入っている。
何を考えているのかはよく分からない。でも『行かない』という意思だけは、強く感じた。
「そうか? じゃあ、また今度誘うな?」
竜崎も断られるのには慣れているのだろう。すぐに顔を前に向けて、再び三人との会話に戻る。
その光景を、教室の隅から見守るのが……俺、中山幸太郎の日常だった。
高校に入学して、約一ヵ月だろうか。
竜崎と出会って以来、こんな毎日を過ごしている。
寂しくないと言えば、嘘になるだろう。
大好きだった人が、他の人に夢中なのだ。見栄を張ることもできないくらい、辛かった。
高校生になって、俺は自分が主人公ではないことに気付いた。
俺はどうやら『モブキャラ』だったらしい。
何も物語を生み出せない、ストーリーにおける端役。あるいは、登場人物をより魅力的にするための道具、だろうか。
俺はきっと、竜崎龍馬の引き立て役だったのだ。
俺という偽りの主人公に囚われていた、三人のヒロイン……梓、結月、キラリが好きになるくらいに、龍馬という主人公が魅力的である――と説明するためだけの『道具』である。
(あーあ……彼女、ほしかったなぁ)
恋愛がしたかった。
大好きな人を幸せにして、幸せにしてもらいたかった。
でもそれは、もう二度とできそうにない。
だって、俺が好きだったあの子たちはもう、俺以外の人間を好きになってしまったのだから――
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