第91話 お前をマンティーノスの主人と認めよう。

 サグント侯爵夫妻、ルーゴ伯爵、そして私とレオンは立ち上がりお辞儀をする。


 この国の支配者は軽く右手を上げながらゆるりと上座に着いた。

 誰よりも尊く、唯一の生殺与奪の権を持つ者。



 カディス王ロベルト4世。



 堂々たる体躯と鋭い眼差しにはカディスという小国の主人とは思わせない威圧感がある。

 さすがカミッラ様の息子だ。



「サグントにルーゴ、そしてアンドーラ。ただの茶会にしては錚々たる面々だな」



 王は鷹揚に茶をすすりながら、カディス重臣たち一人一人と言葉を交わす。

 そして末席に着く私に視線を渡した。



「お前がフェリシア・セラノか。ルーゴの庶子というが……。母上によれば世話子になったそうじゃないか」


「はい。王太后殿下からは寛大なご配慮を賜っております」


「それは喜ばしいことだ。あの方に気に入られるのは並大抵のことではないぞ。厳しい方だからな」


「……もう陛下。無駄話は後にしてくださいませ」



 妃殿下が突然言葉を遮り、陛下に顔を寄せる。


 かすかに漏れ聞こえる声から、おそらく私の入内が不可能になったということでも奏上しているのだろう。



(残念でしょうね、王室からしてみれば)



 マンティーノスは私の存在が公になった以上『ヨレンテの盟約』で諦めるほかなくなり、さらに悪いことに正当な継承人である私がサグントに縁付くことが決まった。


 つまりは貴族の中でも最上位にあるサグントに権力が集中してしまうということ。

 このままでは王家を凌ぐ存在になりかねない。


 王権としては必ず防がねばならなかった……のだが。



 ーーーーあっけなく頓挫してしまった。




 陛下は妃殿下からの報告を受け、苦々しげに眉間に皺を寄せる。



「フェリシア・セラノ。レオン・マッサーナと婚約をし、尚且つ、すでに居を共にしているというではないか。事実か?」


「はい。間違いございません」


「つまりお前には入内する意思はないということなのだな?」



 ハッキリ認めるべきか。

 誤魔化すべきか。

 うん。小手先の技など通用しない。



「……左様でございます。陛下」



 私は顔を上げる。



「私はマンティーノスの継承権を持つ唯一のヨレンテであり、アンドーラ子爵の婚約者です。この私にはカディスの第三王子殿下の妃程度では役不足というもの……。ご容赦くださりませ」


「役不足か。ははは、何とまぁ大言を吐くものだな!」



 陛下は如何にも愉快だと膝を打つ。



「面白い娘だ。さすがは母上の世話子だな。思うておっても口に出す女子おなごなど、なかなかおらぬものだが、天晴れなものだ」


「陛下っ! 何を呑気なことをおっしゃるの!」


 

 実家がサグント侯爵家と敵対している妃殿下にとっては最悪の事態だ。

 結婚を許せばサグントにマンティーノスを与えることになる。ただでさえ強大な影響力を持つサグントに追い風となってしまうのだ。



「せめてサグントとの結婚は破談にしてくださいませ!」


「王妃よ。話によれば、あやつはもう生娘ではないという。掟がある以上、王子には嫁ぐことは出来ぬだろうし、若い娘を手篭めにしておいて放り出すなど人として言語道断だ。例えそれが虚であっても、マッサーナはフェリシアを手放さんだろう」



 マンティーノスの主人ががこれ程までに聡く美しいのであればな、と陛下は顎に手を当て私を凝視した。


 居心地が悪い。

 まるで値踏みされているかのようだ。

 心の内で舌舐めずりをいるかのように何とも下婢た眼差しに、総毛立つ。



「フェリシアを前にして冷静になれる男がどれほど居ろうか。のう、レオンよ」


「婚約者をお褒めいただき、恐れ入ります」とレオンは和かに応えた。


 けれども表情は冷ややかだ。

 誰にも見えないようにドレスの陰でそっと私の手を握り締め、



「陛下。我が妻となるフェリシアはこの世に二人といない素晴らしい女性です。正直申し上げて、セシオ殿下とは格が違います。殿下にはフェリシアは勿体ない。夫として釣り合うのは私だけです」


「え、レ……レオン??」



(褒めてくれるのは嬉しいけど、妃殿下を煽ってどうするの?? これって??)


 案の定、王妃殿下のこめかみに青筋が浮いている。



「レオン・マッサーナ!! 王家を侮辱するつもりですか!! 何様のつもり!!!」



 甲高い声が部屋中に響き渡る。

 感情の堰が切れた妃殿下はありとあらゆる雑言をレオンに浴びせかけ、対してレオンはどこ吹く風だ。


 サグント侯爵もルーゴのお父様も、嵐が過ぎるのをひたすら待っているようだった(女性の怒りの対処としては間違っていないとは思うが)。



 重苦しい雰囲気に支配され始めた頃、国王陛下は「もう良いだろう」と静かに口を開いた。



「私の密やかな望みは断たれてしまったが、どちらにせよ『ヨレンテの盟約』はセバスティアンの血が続く限りは遂行せねばならない。マンティーノスの継承は盟約通りに成されるべきなのだ」


「陛下。私を偽物だとお疑いにならないのですか?」



 ルーゴの庶子であるという得体の知れない私をマンティーノスの主人として認定してくれるのは、嬉しいことではあるが疑問も残る。



「お前のその姿を見て否定できるほどに愚かではないわ」と陛下は私の瞳と髪を指差した。



 黒髪と碧眼。

 セバスティアン・ヨレンテから伝えられる血の証だ。



「先先代になるのか、ウェステがルーゴで火遊びをしているとは知っていた。セナイダに似た顔立ちの庶子が現れるのは、まぁ必然だったのだよ」



 陛下は印章と指輪を出すように命じる。

 差し出されたそれを日に透かすとそっと机に置いた。



「本物だな。……リェイダ女男爵フェリシア・セラノ。お前をセバスティアン・ヨレンテの血族とし、ウェステ伯爵位とマンティーノスを継承することを認めよう。ーーーただし。条件がある」

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