第47話 領主の証。心の楔。
お父様に気づかれる前に私たちは温室を出、真っ直ぐに母家の最奥を目指す。
そう『領主の間』へ。
『領主の間』はヨレンテの盟約にともなう秘蹟が行われる為だけにある特別な部屋だ。
ヨレンテの直系であり領主のみが入室が許され、
(お父様は入ることすらできないわ)
そして。
唯一、フェリシアがお祖父様の子であることを証明できる場所でもある。
エリアナとして過去に二度、入ったことがあった。
一度目はお母様から秘蹟を受け継ぐために、二度目はもちろん領主としての証を得るためだ。
そして三度目が、今だ。
一刻も早く証を手にしなければならない。
小走りになりながらも晩餐のあった広間を横切り、私は薄暗い廊下を抜ける。
(見えた!)
長い廊下の最奥。
黒檀の見上げるほどに大きく古い扉がある。
私とレオンは扉の前に立つ。
大きな扉にノブは……ない。
「これ……どうやって開けるの?」
レオンが不可解そうに首を傾げた。
「見てて」
開け方はお母様が教えてくれたのだ。
「一度しか言わないから覚えなさい。お父様にも言ってはいけない」と。
『領主の間』は200年前、ヨレンテ家がここに屋敷を構えた時に作られた部屋だ。
組み木細工職人が作った仕掛けが扉に設置してあり、法則に沿って組み木を正しく動かせばノブが現れる……という仕組みだ。
(もうカディスでは組み木細工も廃れてしまって、解ける人なんていなくなったから)
解けるのは私だけ、だ。
私は組み木に手をかけ、記憶を呼び起こす。
「最初は左から……」頭の中で反芻しながら、お母様に教えられた通りに動かした。
ガチャリと錠前が開く音がする。
レオンは薄茶色の瞳を大きく見開き驚嘆した。
「フィリィ、きみが開けたの?? 開け方、知ってたんだ。すごいじゃないか」
「……エリアナの記憶があるって言ったでしょ。私は中に入るけど、レオン、あなたはどうする?」
「行くよ。もちろん」とレオンは扉を押した。
(一年ぶりね『領主の間』)
私は目を細めた。
最後に来たのはエリアナの継承の儀の一年前から全く変わらない。……いやこの部屋ができた時から変わらぬ光景があった。
南国から輸入された高価な黒檀を壁や床全体に使った室内。
装飾は一切ない。
ただあるのは中央に置かれた白檀の机だけだ。
(ほんと変わらない)
しんとした空間に小さな窓から光が差し込み、埃を反射しきらきらと輝いているところも。
「この部屋、埃っぽいねぇ」
レオンが小さくくしゃみをする。
私はくすりと笑う。
「神聖な部屋だから我慢してね。とても特別なの。レオンはここで少し待ってて」
レオンに扉の横で待機しておくようにお願いする。
(やっとここまで戻ってこれたわ。)
部屋の中心に置かれた白檀のテーブル
両手で抱えられるほどの大きさの箱が置いてある。
これも組み木だ。
(二度も行うことになるとは思いもよらなかったけれど)
私は一年前にそうしたように、ゆっくりと間違えないように組み木を動かした。
何度か繰り返すと、箱の隠し引き出しが開いた。
「よし」
印章とサファイアの嵌められた古い指輪。
初代ウェステ伯爵セヴァスティアン・ヨレンテが当時の王から直接賜った品物であり、家宝とされ継承の儀と王家への証の為だけに使用される秘宝だ。
私は指輪をはめ印章をネックレスに通した。
「ん? それが証なの?」
いつの間にか私の隣に来ていたレオンが覗き込む。
「盟約とかいうから大仰なものかと思ってたけど。どこでもある感じだね」
印章は見た目はどこにでもある平凡なものだ。
重要なのは印影ではない。軸の方だ。
象牙の軸に当時の王が自ら彫ったと伝えられる言葉がある。
『王家とヨレンテは永劫に魂を繋ぐもの』
一蓮托生だ、ということだ。
この王朝の初代王は自らを王に押し上げた立役者であるセバスティアンを重んじていた。
平民でありながら卓越した才能を持ったこの若者の名は各地に轟き、破格の待遇で引き抜こうという諸侯も多くいた。
セバスティアンを失うことを恐れた王は近臣の反対を退けカディスの中核の領マンティーノスを与えたのだ。
だが、マンティーノスの価値は大きい。
そこで生み出す富を惜しんだ王家は決して叛くことがないように盟約でヨレンテを縛った。
(この掟、厄介だなって思ってた。でも今の私はここに戻ってこれたの)
物事は繋がっているのだ。原因も結果も一つに繋がっている。
だからこうして復讐ができる。
「レオン」
私は印章を握りしめた。
「やっとよ。これで私が正当な後継者だということを王家に示すことができるわ。ヨレンテを、マンティーノスを手に入れることができる」
「うん。オヴィリオをギャフンと言わせてやればいい」
「ギャフン???」
って何だろう?
スラングか何かだろうか。
「庶民が使う言葉だよ。本当にきみはお嬢さんなんだね。フェリシアは庶民寄りの口調だったからね。きみがエリアナ様ってことに納得せざるをえないな」
「だってフェリシアの器にエリアナが入ってるんだもの。当たり前でしょ」
「うーん、ちょっと信じがたかったんだけどね。エリアナ様しか知らないことを知っているとなると信じる他ない」
「よかったわ。信じてくれて」
転生とか、魂の憑依とか……そんな考えはこの国にはない。
存在しない概念はなかなか理解できないものだ。
レオンは私の手から印章を取り上げ、そのまま指を絡ませる。
「遠い東の果てにあるとある国には人は死んでも生まれ変わるっていう考えがあるってね。以前聞いたことがあったんだ。本当にあるもんだね」
「レオンは気にならないの?」
「うん。フェリシアであることに間違いはないだろう。きみがきみであればいいんだ。僕が好きなのは今のフィリィだからね」
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