第41話 僕がきみを守るよ。
長旅で土埃で髪も顔も汚れてはいる。
それでもレオンはレオンだった。
淡い茶髪も全てを見透かすようなヘーゼルの瞳も圧倒的な存在感も変わらない。
(マンティーノス到着は、予定では二、三日後になるはずだったはず)
でも。
よかった。
私は何よりもこの人に会いたかった。
「フェリシア、おいで」
レオンは私の心内を知ってか知らずか、したり顔で私を呼ぶ。
(久しぶりにレオンの声を聞くとドキドキする……)
聞き慣れた声だが、今とても聞きたかった。
頬が緩みそうなのを我慢し、なるだけ優雅にレオンに歩み寄ると右手を差し出した。
「レオン、ずいぶん早く着いたのね」
レオンは手を取り甲に口付ける。
「フィリィに1秒でも早く会いたくてね。仕事を速攻で終わらせて馬を飛ばしてきたんだよ。着替える時間も惜しくて旅装のまま来てしまったこと、きみは許してくれるかな」
言われてみれば簡素な(それでも平民には晴れ着レベルだ)コート姿だ。
晩餐には盛装し臨むのが貴族にとっては常識。レオンの姿は許されないことではあるが……。
そんなことどうでも良い。
ここにレオンがいてくれることが嬉しい。
「格好なんていいの。あなたが来てくれて嬉しいわ」
レオンは目を見開き私の頬に優しくキスをする。
「僕もだよ。フィリィ。どれだけきみに会いたかったか」
そして惚れ惚れするほどに良い笑顔(社交用の笑顔だ……)を作り、お父様の方を振り返った。
「ところでオヴィリオさん、不都合でもあったのかな? 私の婚約者に詰め寄っているように見えたが」
「ああ……。いいえ。子爵様がお心悩まされることは何もございません」
お父様は咳払いをする。
そして気を取り直し、改めてレオンに最上級の礼をした。
「子爵様、ようこそおいでくださいました。長旅でお疲れでしょう。心づくしの料理を用意致しております。お楽しみいただけましたら幸いでございます」
とレオンを私の隣に導き、仕切り直しの号令をかけた。
レオンの到着によりそれまでのギスギスした雰囲気は胡散し、華やかなパーティが戻ってきた。
権力を握るサグント侯爵家の嗣子であり社交界で注目されるレオンは、他の客にとっても特別だ。
レオンとの
レオンの登場で私のイザコザはあっという間に霞んでしまった。
招待客もお父様方もレオンを持ち上げるので忙しそうだ。
まるで何事もなかったかのようないつもの晩餐である。
(でも助かったわ。あれ以上は私に不利になるところだった)
感情に任せて煽りすぎたかもしれない。
マンティーノスを取り戻すのが最終目標だ。
ここは引いておくところだろう。
貴婦人らしい気位の高い姿もやり過ぎると毒になるものだ。
特にマンティーノス周辺の土豪たちから都会貴族は鼻持ちならないと思われても面倒だ(土豪には大なり小なり王都の貴族に対して劣等感があるのだ)
一時的にでも関心が離れると熱も下がる。
私的には外野に注目されない方がいい。
(急いて失うことは避けないとね)
私は空になった杯を持ち上げ、下僕におかわりを頼んだ。
足音も立てずにするりと下僕が近寄り、洗練された仕草でワインを注ぐ。
下僕に礼を言い受け取ると、レオンが私から杯を奪いそっと卓に戻した。
「レオン? どうしたの」
「いい? フィリィ」
レオンは顔を寄せ、「僕のと交換しよう。これからは僕が使った器を使うんだ」と小声で言う。
私がヨレンテの唯一の後継者であることを知られてしまっている以上、暗殺の可能性は否定できない。
カディスの中枢とは違い、医療が発達していない地方ではちょっとした怪我や病気で死んでしまうこともある。
暗殺……しても事故死を装うことも簡単だ。
「きみは今のヨレンテにとって最大の敵なんだよ」
マンティーノスにいる間は何が起こるかわからないのだ。
実の娘を殺すことにも
より血縁の遠いフェリシアの殺害を選ばないはずがない。
「僕はサグント侯爵家という後ろ盾がある。僕に手を出すことは、マンティーノスが滅亡するってことと同意だからね。決して自分達に不利になることはしないはずだ」
マンティーノスはお父様の本拠地。
離れるまでの間、チャンスがある限り狙ってくるだろう。
「だからね、フィリィ。僕のそばに居れば安全だ。僕なら守ってあげることができる。できるだけ、僕から離れないでいるんだ。夜もね」
夜……。
夜も??
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