第5話 フェリシアとして生きていく。
『新しい人生を』
あの御方の言葉をふと思い出す。
(まさかエリアナ・ヨレンテとしてもう一度人生をやり直すのではなく、別人として新しい人生を生きろということ?)
新しい人生という意味としては確かに間違ってはいないが。
まさか他人になろうとは思わなかった。
しかもこの新しい人生は1からではなく、人生半ばの他人の人生を乗っ取った、もしくは成り代わったと推測できやしないか。
(元の自分に戻れるのかと思っていたのに……)
現世に戻りたいと確かに願った。
時間が巻き戻り、エリアナ・ヨレンテとしてやり直せるのではと考えていたのだ。
私の思惑通りには行かなかったようだ。
(私は不幸な誰かと差し変わってしまったようね)
全てを取り戻すためには、ヨレンテであることが必要だったのだが。
いや、ヨレンテの血を継いでないと絶対に叶えられない。
新しい人生が始まって早々に希望が途絶えてしまった……。
(……参ったわね)
しかしこうなってしまった以上は嘆いていても仕方がない。本来ならば手にできることのない機会なのだ。
あの御方のことだ。
無意味にこの現状を導いたのではないだろう。
生かさねば。
(考えて。何か手があるはずよ)
まずやらなければならないこと。現状の把握だ。
最新の流行りとはいえないが豪華な寝台に寝具。
着ている寝巻きに使われているリネンは肌触りからして絹かと見まごうばかりの高級品だ。
ということはこの体の持ち主は貴族か富豪か。
(フェリシア。この名前、一度聴いたら忘れないと思うんだけどな)
記憶を探る。
フェリシアという名はカディスでは珍しい名前だ。
けれど社交界で出会った人物は大抵は覚えている私でさえも、パッと顔が出てこない。ということは社交界にはいないということか。
(もしかして平民なのかしら)
自分の格好やこの部屋から平民でも贅沢が許される富裕層であることは間違いない。
ただ、平民でも上流はほぼ貴族と変わらない生活をしている。社交界に参加しているのだ。
「私はどこのだれなの……」私は
「……かわいそうに。混乱しているんだね」
心底同情しているのか男性が私の頬を撫でた。
しまった。
隣にこの男性がいることを失念していた。
「混乱……しているのかしら。何もかも分からないの……。ごめんなさい」
「あぁフェリシア。きっと一時的なものだよ」
男はもう一度優しく私の頬を撫で額にキスをする。
男によればこの体の主はフェリシア・セラノ。ルーゴ伯爵カルロ・セラノの末娘であるらしい。
先月誕生日を迎えた18歳。十日前に落馬事故に遭った。
(ルーゴ伯爵……。王都のそばのエレーラ領主ね。その令嬢か……)
ルーゴ伯爵家は名門貴族であり王家の側近だ。
私のウェステ伯爵家とも付き合いがある。
先代ルーゴ伯爵は祖父の友人でもあったので、祖父が健在の頃は社交界シーズンで上京した時など何度か世話になった。
(でもルーゴ伯爵にフェリシアという令嬢いたかしら?)
18だということは私と同年代だ。
同じ年頃の子がいれば、お互いに交流を持たせるのが貴族の社会というものだが……。
私は一度たりとも会ったことはない。
(不思議ね……)
貴族にとって娘は喜びであると共に頭痛の種でもある。
なぜならば娘を結婚させるためには多大な持参金が必要だからだ。
財産に余裕のある家庭であれば嫁にやることができるのだが、そうでない家庭では社交界にデビューもさせずそのまま家に置いておく場合もある。
女子は貴族の子だとしても親の懐具合で人生が左右されてしまうのだ。
フェリシアもそうなのだろうか。
(ううん、きっと違うわ。ルーゴ伯爵家は資産家。娘を家に留めておく必要はないはず。なぜフェリシアを社交界に出さなかったのかしら)
『表に出せない子』
もしかして正妻以外に産ませた庶子なのかもしれない……。
庶子は例え父が貴族だとしても母の身分が低ければ家族として扱われることはない。
(うーん。フェリシア自身にも何かしらの問題がありそうね)
社交界デビューすらしていない今の私に、ウェステ伯爵家を取り戻すことなどできるのだろうか。
「フェリシア?」
「……ごめんなさい。思い出そうとしたのだけど、全然思い出せなくて……」
「気にすることはないよ。死んでしまうほどの怪我だったのに、生きていてくれているだけで幸運なのだからね」
「そんなにひどかったの?」
「とても、ね。頭を強く打って……。幸いにも頭蓋骨にも体にも骨折はなかったのだけど、脳がダメージを受けたのか、意識が戻らなくてね。だんだん体も弱ってきて、今日明日が山だろうと医者が告げたんだよ」
「そうなのね……」
思っていた以上に酷い事故だったのか。
ということは。
本物のフェリシアが死んでしまい虚になった体の後釜に私が入ってきた(あの御方の力で無理矢理ねじ込んだ)ということになる。
(悪趣味ね……)
人の死を利用するなんて。盗人ではないか。
それともあの御方の嗜好なのだろうか。意図はどこにあるのだ。
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