第6話 僕はアトラス教に入信する

 

 アトラス教会に到着し、僕たちはその荘厳な白亜の城を見上げた。

 そう、国の中心に立っている、あの城だ。

 これでもしアトラス教とやらが、世界中に広がっている宗教だとしたら……もう現代におけるキリスト教でしかない。

 少なくとも、僕はそう思った。


「マジパネェッス……」


 白亜の城を見て、ムタくんが驚きの声を上げる。

 立ち位置的にはバチカン市国みたいなところに、まさか現代ではないところで行くことになるとは思いもしなかった。


「この国に滞在している者は、内部者、部外者問わず共通している資格を得ている。それはなんだかわかるか?」


 ゼルさんが僕たちに問いかける。

 ムタくんは周りを見るのに必死で、僕も考えながら内覧会のように内観を楽しんでいた。


「それは、アトラス教徒であるという資格だ」


 なるほど、と思う。

 何しろ総本山なのだ。バチカン市国は観光地でもあるから、別にキリスト教に入っていなくても見学できるけれど、どうやらこの世界では無理らしい。


「アトラス教徒である、ということはつまり、どういうことか。そのくらいはわかるだろう」


 まったくもって、さっぱりわかりません。

 僕はゼルさんを無視することにした。ムタくんはまったく、最初から耳を傾けていないし。

 無視していると、返事がないことに焦燥感を覚えたのか、ゼルさんが不安げに僕たちを見た。


「ま、まさかわからないなんてことない、よな?」


「そのまさかッスねー」


 あっ、と何かに気付いたかのように、ムタくんは続ける。


「もしかしてアトラス教徒なら飯食えるとかッスか!?」


 確かに、それなら資格うんぬんの話にも、一応の筋が通る。


 だけど、おそらく違う。


 きっともっと、こう、煩雑で、複雑だ。

 僕にはわかる。


 そう、僕にはすべてわかっているのだ。



 ――なにもかもわからないということが。



「この扉の先に、枢機卿がおられる。くれぐれも失礼のないように」


 随分とご大層な扉だ。

 複雑に絡み合う植物と人が地面にいて、空を飛ぶ人々もいて、一番高いところの中心には太陽が描かれている。

 空を飛んでいるのは天使だろうか。

 それとも、太陽に近づき過ぎたらダメだという、アレだろうか。


「失礼致します。第6師団1番隊副隊長、ゼルが連れてまいりました」


「ご苦労。引き続き彼らの見張り役をお願いします」


「はっ」


 扉の先にいたのは、ご高齢のおばあちゃんだった。

 男の人ではないことに、少しだけびっくりした。

 こういう指導者というのは基本的に男だと思っていたのだ。実際、イギリスを除けば大抵がそうじゃないだろうか?


「よく来ましたね、お二人とも。歓迎します」


 言いつつ、彼女は30度くらいの礼をした。

 僕も合わせるようにして礼をすると、ムタくんが慌てて僕に合わせて来た。ちらちらと横目で確認しながら。


「……で、なぜ呼ばれたのでしょうか」


 疑問はこれに尽きる。

 僕たちを呼び出して、いったい何をしたいのか。


「もちろん、この国に入国していただくためです。あなた方は知らないようですけれど、この国に入るためにはアトラス教徒でなければなりません。アトラス教徒である、ということが、聖地であり総本山であるこのピスパニア市国に入国する資格があるのです」


 つまるところ、僕たちは今、不正入国の真っ最中らしい。

 それはいささか、まずい。

 しかも、それが1日と経たずして露見していることが何よりも問題だ。


「絶対に、入信しなければなりませんか?」


「はい。……しかし、そう悪いことではあまりせんよ。むしろ、良いことのほうが多いと思います」


 枢機卿は一息呼吸をつき直した。


「アトラス神様による天啓、国境なき言の葉ワルツ、主なメリットはこの2種類でしょうか。天啓は祈りの間に行き、そこで両膝をついて祈れば、天啓が降ります」


 ……なんということだ。

 アトラス教の唯一神はアトラスというらしい。

 どこぞの神様かはわからないけれど、まぁ、いるんだろうな、と思う。

 細かな説明を聞いていくと、ワルツと言うのは自分が決めた合図一つで、どこの国の人とも話せるようになる、言うなれば特殊能力らしい。

 天啓に関しては、神様がくださった特別な贈り物! みたいな感じで、人それぞれ十人十色なのだそうだ。

 しかもそれは、その人が願っていることや助けになることしかなく、悪いほうに転がることはまずないのだという。


「至れり尽くせりじゃん……」


「アトラスぱねぇッス……」


 あまりにもいい人すぎて、ムタくんも僕と同様に驚きなんかを感じていた。


「では、祈りましょうか」


 ……ん?


 祈るのは祈りの間じゃないとダメなのでは?


「ここが祈りの間ですから。ささ、早く」


 見本として、枢機卿が僕とムタくんより小さく3歩ほど前に出て膝をついた。その流れるような所作に、幾度もこの場で祈っているのだと錯覚させる。

 自然と、僕も体が動いていた。

 左足をゆっくり後ろに滑らせ、少しずつ腰を下ろしていく。正座をするときと同じやり方だ。

 そして両膝をついた僕は、枢機卿と同じように両手を柔らかく組んだ。


 祈りを捧げる。

 祈りとは、なんだろうか。

 僕がアトラス神に願うこと、とかだろうか。


 それとも……ああ、そうだ。

 神様はいずれも、自分のためになることより他人のためになることのほうがウケがいい。

 なら、僕もそうしよう。


(ムタくんが不自由なく無事に過ごせますように)


 よく考えてみると、他人のことだけというのもなんだかおかしな気がした。

 少しだけ、自分の欲望を伝えておく。


(いずれ僕が性奴隷になれますように)



 ――その願い、しかと聞き届けた。



 頭の中で、響き渡る何かの声。

 重厚で渋い男性の声だった。

 声が聞こえた直後、僕の頭の中にするりと何かが入り込んで来た。

 あたかも、それは元々あったかのように。

 脳内をぐちゃぐちゃにすることなく、僕の一部になる。


 >――――――――――――<


 身体特性:サキュバス(♀)

 アトラス:状態異常耐性(極)


 >――――――――――――<


 脳内に表示されたそれは、僕の理解の及ばないものだった。


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