第4話 兄たちをあしらいましょう

 勉強と体力づくり、それらに費やした日々が1週間あまり経った頃。

 私が新しい本を取ってこようと思って部屋から出たところで嫌な奴らと遭遇してしまった。

 

「おーシャルロット。遊ぼうぜ~」

「ヒヒッ! 遊ぼう遊ぼう!」


 鼻にかかった声で私の名を呼ぶのは、ワカメみたいな長髪をうっとうしくぶら下げる長男のアルフレッド。歳は確か今年で12歳。

 そしてその隣にはいつも長男について回っている次男のフリード。こっちは特徴という特徴もない。歳は10歳かそこらだったはずだ。


「ちょっとさぁ、また新しい魔術を覚えたから遊び相手になってほしいんだよねぇ~」

「ヒヒッ! そうそう!」


 私が快復してから1週間待って、またいじめ始めても問題ないとでも思ってやってきたようだ。ニヤニヤと醜悪な笑みをこちらに向けている。

 うーん、ムカつく顔だ。

 コイツらにも復讐したいところだけど……残念ながらいまは機ではない。


 ――やれやれだなぁ……。


「はぁ……」


 思わず大きなため息が出てしまう。


「おいシャルロット、兄に向かってなんだその態度は」

「いえ、別に。すみませんが、私には兄様たちの遊びに付き合っている時間はありませんので。それでは」


 軽く会釈をして、2人の横を通り抜けようとするが、


「待てっ!」


 肩をがっちりと掴まれてしまう。

 ああ、面倒くさい。


「いつからそんな生意気を言うようになったんだ、シャルロット? 俺たちを怒らせるとどうなるか、お前はその身をもって知ってるだろ?」


 アルフレッドはこれ見よがしにその手に火を立ち昇らせて見せつけてくる。

 火属性の魔術。それは貴族だけが使うことのできる魔術だ。

 

 ――が、しかし、それがなんだというのだろう?


「あのですね、今後は私を魔術の実験台にしようとするのはやめた方がいいですよ? いくら兄様たちでもお父様に怒られること間違いなしですから」

「……はぁ? 俺らが怒られるって?」


 予想外の言葉だったのだろうか、アルフレッドに戸惑いの様子が見られた。

 本当に分からないのかしら?

 まったく、頭の足りない兄たちだこと……。


「まったく、頭の足りない兄たちだこと……」

「なんだとっ⁉」


 ――おっと、いけない。心の声が表に出ちゃってたみたい。


「すみません、つい……。あまりの頭の悪さ――いえ、状況を理解できていない兄様たちに呆れて――いえ、びっくりしてしまいまして」

「お前、どういうつもりだ……っ!」


 アルフレッドはこめかみを青筋立てて、手のひらから出す火をより強力に立ち昇らせる。

 そして怒りのままにその魔術を私にぶつけようと手を振り上げるが、しかし。


「――お父様に怒られますよ?」

「っ!」


 私のそのひと言で、アルフレッドの動きが止まる。

 どんな世界でも父親怖しっていうのは共通なのね。


「なぜ怒られるのか分かりますか?」

「……」アルフレッドは沈黙したまま。

「兄様たちはすでに聞いていると思っていたのですが。私は先日、婚約をしたのですよ」

「あ? 婚約……? ああ、あの豚親父の子爵とか」

 

 私の言葉を聞くなり、アルフレッドの表情にどこか余裕が戻り、その口元には嘲笑ちょうしょうが浮かんだ。

 どうやら子爵と面識はあるようだ。

 

「そうだったそうだった。そういえばお前、あの変態子爵と婚約したんだってな。大変だよなぁ。でもまん丸のオス豚と貴族の生まれにも関わらず魔術の使えないメス豚、豚同士お似合いでよかったんじゃないか?」

「ヒヒッ! 豚同士豚同士! ヒヒッ!」


 私の新しい弱みを見つけたのがよっぽど嬉しかったのか、フリードもそれに乗っかってはやし立て始める。

 まだ子供とはいえ、それを考慮したって余り有るくらいのバカだわ、本当に。


「で? 豚親父と婚約したからどうしたって? アイツがお前を助けてくれるとでも? だとしたら残念だったな、アイツの地位はお父様よりも下なんだぜ? 俺たちを止めることなんてできやしないさ」

「本当に分かっていないんですね、アルフレッド兄様。そんな頭のデキでは、家督を継ぐのは姉様で決まったようなものです」

「……なんだと?」


 アルフレッドにとっての地雷を思い切り踏んづけてやると、案の定その余裕の笑みは消えた。

 私は服の袖をまくり上げて、そこにある傷痕を見せつける。


「これがなにか分かりますか?」

「それは……」


 見せたのは火傷の痕。これはアルフレッドが私を実験台にして放った魔術でつけられたものだ。


「これは半袖ならギリギリ隠れる位置にありますが、これが隠せない場所についてしまったらどうなるかわかりますか?」

「醜いシャルロットがよりいっそう醜くなるだけだろ?」

「本当に頭が足りないんですね、アルフレッド兄様は」

「なに? お前……!」

「その傷跡が原因で婚約が破棄されることになったらどうなるか、考えたことはありませんか?」

 

 なにか言いかけたアルフレッドを遮って、そう質問を投げかける。

 しばらく答えを待ったが、アルフレッドは口をつぐんで答えようとしない。

 どうやら本当に分からないみたい。

 やっぱり真正のバカのようだわ、長男コイツ


「兄様が私を傷つけたことが原因で子爵との婚約を破棄することになったら、お父様の面目めんもくを潰すことになるのだとまだ気づきませんか?」

「……あっ」アルフレッドの瞳にようやく理解の色が灯った。

「自分の娘の、しかも婚約の決まった娘の管理さえまともにできないなど当主にとっての恥だとは思いません? それに、お父様は自分より下の地位の貴族に対して約束が守れなかったと負い目を感じる羽目になりますわ。さらにもう1つ致命的なのが、いろいろ探しまわってようやく見つけた私という出来損ないを手放すチャンスまで無くしてしまうということです」


 それは泣きっ面に蜂、それにさらにプラスしてどこかのホームランボールが頭にぶつかるくらいのショックをラングロに与えるに違いない。


「兄様は怒られるばかりでなく、お父様からの心証まで悪くなります。ただでさえ家督争いは姉様がリードしているのですから、そんなことをしてお父様の顔に泥を塗ろうものならば兄様の負けは確実でしょうね」

「……くっ!」


 アルフレッドが俯く。

 次男のフリードは話の内容がよく理解できていないのか、そんな長男の様子と私を見比べてあたふたとしている。

 次男コイツは長男に輪をかけたおバカなのね。

 

 ――さて、兄たちは黙りこくっちゃった。特に反論らしい反論もないみたい。

 

 すっからかんの頭を持つ2人でも、ようやく私にちょっかいをかけるメリットが無いと分かってくれたのだろう。

 

「私を傷つけることができないと理解できたなら、もう二度と私に構わないでくださいね。自分より弱い立場の人間をいたぶっているヒマがあったら、まずはその米粒未満のサイズの脳みそをどうにかすることに取り組むべきでしょう」


 なんだかちょっとやってやった感があるわね。少し満足。

 さて、私が立ち去ろうとすると「ちょっと待て!」とアルフレッドの声がかかる。


「なんですか?」

「お前は……いったいどうしたんだ?」

「は? なにがですか?」

 

 冷たく問い返してやると、アルフレッドは動揺したように身じろぎする。


「お前……いつもと違うぞ。いつもはもっとピーピー泣いてるだけだったのに、どうして急にそんな……」


 声を尻すぼみにさせながらアルフレッドが訊いてくる。

 ああ、そういうこと。

 確かに他人の目から見たら私が豹変したように思えるのは仕方ない。

 

「兄様たちに殺されかけたあの日、もう二度とやられっぱなしにはならない新しい自分に生まれ変わった、ただそれだけのことですよ」


 そうとだけ答えて、私はその場を後にした。

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