01 すずなの朝は遅い。
魔法少女となったすずなの朝は遅い。
いや、魔法少女にならずとともすずなの朝は毎日遅い。
深夜はガールズバーで働き、その後はお酒でお腹を満たすように飲み歩き、東の空が薄明るくなる頃にフラフラと帰宅する。
今の時刻は昼の12時。
太陽も昇りきり社会人が一仕事を終えてランチタイムを楽しむ時間になってから、耐震に不安があるオンボロ築30年のやみなべ荘の手狭な102号室ですずなは目を覚ました。
「ふああああぁ……」
古き良きもない1LKの部屋。薄汚れたクリーム色に壁に使い込まれた六畳の畳。
薄い布団からムクリと上半身だけ起こして特大のアクビを一つ。
ヨレヨレの寝間着に手を入れ、Dカップの谷間をボリボリとかく。
もちろん寝る時はノーブラなのでたぷんたぷんと胸が揺れた。
まだ開ききらない半眼の目で視線を落とせば、奇妙な生物がすやすやと畳で寝息を立てていた。
「すずなちゃん……ボク、もう食べられないムギ……」
古典的な寝言をいう奇妙の生物。
40センチほどの楕円形の身体。大きな丸耳。ふさふさの尻尾。背中はネズミ色でお腹だけが白いこの生物の名前はキンムギという。
もともとは光の塊であったが、契約者――すずなと契約を交わしたことによりすずなの特質に合わせてこの姿に変化した。
契約の内容は「願いを一つ叶える代わりに魔法少女になって世界を救う」こと。
ちなみにそれに対するすすなの返答は「お酒とタバコがいっぱいほしい」となんとも即物的であった。
まったく荒唐無稽な話ではあるが、それでもすすなの願いは確かに実現した。
ゆえに。
「ボクは……むちゃむちゃ、鼻毛の枝毛がッぐがっ!」
寝ているキンムギの口に手を突っ込むすずな。
フガフガともがくキンムギの体内を無理矢理まさぐり缶ビールを引っ張り出すと、早々に喉を鳴らして飲み始める。
「くぅぅ、やっぱり起きがけの一杯は最高ぉ!」
舌の根も乾かぬうちにまた煽る。煽る。煽って一気に空にする。
「ぷはぁ、よしっお水も飲んだことだし……」
断じてお水ではなくビールである。
「けほっけほっ。すずなちゃんヒドいムギ! 寝てるときに取ッぐがっ!」
ぴょんぴょんと跳ねて抗議するキンムギの口に再び手を突っ込むすずな。
「えーとタバコタバコっとぉ」
もがくもがくキンムギ。まさぐるまさぐるすずな。
「あ、あった!」
肘まで入れた腕をぐいっと引っこ抜くとタバコのフィルムを剥がして早速一服。
「ふぅ、やっぱりお水の後のタバコよねぇ!」
しみじみと煙を吐くが、すずながさっき飲んだのはお水ではなくビールである。
恍惚とした笑みで紫煙を吐くすずなの横で咳き込むキンムギ。息を整えると辛抱溜まらず怒声を上げる。
「ちょっと! せめて取るなら取るで一言かけてほしいムギ! こっちにも心の準備があるムギ!」
出しっぱなしの丸テーブルに乗ってすずなの前に踊り出るが、ふぅと煙をかけられまた咳き込む。
「えーいいじゃん別に減るもんじゃないしさ」
「減るムギ! ボクの心地いい睡眠の時間が減るムギ! 寝起き最悪ムギ!」
「でも精霊ってそもそも寝なくても平気なんでしょ? だったらよくない?」
「気持ちの問題ムギ!」
「はいはい分かった分かった」
咥えタバコでひらひらと手を振る。
絶対に分かっていない口調にない肩を落としてため息をつくキンムギ。
しかしそんなキンムギにも譲れないことが一つだけあった。
「で、今日こそはちゃんと魔法少女としての役目をしてもらうムギよ」
そう。魔法少女としての役目。
人間界の裏側にある
さもなければ近い将来、負の芽が発芽して人から人へと負の伝播が起こり人間界が崩壊してしまうことになる。
そんな危機的状況においてもすずなはマイペースにタバコを吸っていた。
「えーまた今度でよくない? 今日は二日酔いで怠いし、夜のバイトまでゴロゴロしてたいなぁ」
欲望に忠実なのを褒めるべきだろうか。いや叱るべきだろう。
「だめムギ。そう言ってもう一週間立つムギよ。そもそも二日酔いの人は朝からビールなんて飲まないムギ」
すずなの眉間にシワが寄る。
「ちっバレたか」
「そりゃバレるムギよ。ボクを何だと思ってるムギか」
「えーとお金のいらない自動販売機?」
「ちっがーうムギ!
丸テーブルの上でバンバンと跳ねて怒るキンムギ。
それを面倒くさそうに受け流すとすずなは再び紫煙を吐いた。
「もうぅ、ちょっとチョケただけなのにぃ」
「いいムギか、ふざけずにちゃんと聞くムギよ」
短い足でちょんちょんと丸テーブルを歩きながら説明を始める。
「すずなちゃんがこうしている間にも刻一刻と人間界のバランスは崩れているムギ。本来あるべき
クルリと振り返れば、すずなは布団で寝息を立てていた。
「って寝てなムギ!!」
「ふあああぁ。お話し終わった?」
何事もなかったかのように眼を擦りながら起き上がる。
それを見てガタンと丸テーブルから落ちるキンムギ。
「……ボク、もう
畳の上で呆然とぼやく。
「こらこら語尾とれてるよ」
「もういいよ、人間界なんてどうにでもなればいい」
軽く気合いを入れるように息を吐くすずな。少し遊びすぎたと反省しながら布団から出て倒れたキンムギに歩み寄る。
「あーんもう悪かったって。ちゃんと役目は理解しているから平気だよぉ」
「ほ、ほんとムギかぁ……」
涙目のキンムギを抱き上げて丸テーブルに座らせる。
「うん。とにかくその負の芽を魔法で浄化すればいいんでしょ? 実は新しいネイルを買いに駅前に行く予定だったからついでに――」
「つ、ついで……」
キンムギの顔色が再び曇る。
それを気にした風もなくすずなは続ける。
「やることは同じでしょ?」
少し考えるキンムギ。
「まぁそうムギね……何もしてくれなかった一週間にくらべればましムギかぁ」
「でしょぉ。じゃ準備するからその前に……」
すずなの瞳がキラリと光る。
「ぐがっ!」
キンムギの口へ手を入れ再び缶ビールを引っ張り出すと立ち上がって勢いよく飲み始めた。
「くぅぅやる気出てきたぞぉ!」
「……すずなちゃん。だから取る前に一言……」
「ん? なんか言った?」
「いや……もういいムギ……」
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