第26話 治水2
十日程度で、用水路は完成した。
最後に、用水路と川の境界部分を崩して川の水を流した。
川の水位が下がって行くのが見て取れる。
大きく湾曲した川をショートカットするように用水路が流れている。
中州として、セリーヌ様の管理している土地が残された感じだ。この土地を嵩上げして城を築けば、不落の城となる地形だな。
まあ、城ではなく農地となるのだけど。
「一応予定通りかな……」
堤防の一番重要な個所も、十分な補強ができた。
これで一応、完了としてもいいと思う。
「さて次は、農地のかさ上げですね。近場に山とかありませんか?」
セリーヌ様の表情が引きつっている。
まあ、それでも一応は笑顔を保っているので、そこは流石貴族と言ったところかな。
「えっとですね……、山からは石以外の採掘は認められていません。用水路の先にある、あの山ですね。それ以外に手を付けて良いとなると、麓の沼地ですね」
石切り場になっているあそこか……。
木が一本もないので、丘と言うべきだと思う。
沼地は、川の上流側の未開発地区だった。丘の麓という立地だ。
「沼地の土地を下げて、ため池がいいかな……」
ここで、俺の独り言にエレナさんが反応した。
「先に橋を作りませんか?」
考えてしまう。言いたいことは分かる。
俺の作った用水路を越えなければ沼地には行けない。そして、ここから沼地まで距離にして10キロメートル以上あるんだ。
馬車で移動するのが現実的だけど、そのためには、用水路を馬車で越える必要がある。
今は石切り場の作業を止めて貰っており、堤防の建設に注力して貰っているので、橋は必要なかった。だけど、資材が尽きれば、搬入も必要になってくる。
確かに一理あるな。
「分かりました。でも俺には橋作りの知識はありませんよ?」
「そこは、セリーヌ様に考えて貰えばいいのです。資材確保を、トールさんが行えば、短期間ででき上がるでしょうし」
俺の収納魔法は、"解放"時に元の形を保てないことを、忘れているのかな?
まあ、いいか……。
「考えがあるのですね。指示をください」
エレナさんは、良い表情だ。
◇
石切り場に着いた。10キロメートルの移動だけど、最近は体力が付いたのか、走っても苦にならない。
エレナさんは、なにかを確認しながら走っている。
俺はその後に着いて行く。
たしか沼地は、この丘の反対側だと思うけど、それは後回しかな。
「ここがいいかな……」
エレナさんが呟いた。
目の前には、切り立った崖がある。そんなところに着いた。まだ、人の手は入っていないと思う。自然が残っている感じがする。
「トールさん。まず、石切りをお願いします」
「どうやって?」
「範囲指定型で厚さは1センチメートル以下に、奥行きはできるだけの長さで、収納してください」
……なるほどね。俺の収納魔法を切削に使うのか。
指示通りに魔法を展開して、かなり大きな直方体の石を切り出した。
高さは、20メートル以上あり、幅は5メートルといったとこかな。
この立方体を支柱にする気だと思う。
「これを運ぶのには、セリーヌ様の配下全員の協力が必要ですね」
「そこでです! トールさん、左手の魔法陣で〈重量〉を"収納"してください!」
驚いてしまった。頬をポリポリと掻く。
思いつきもしなかった。
言われるがまま、支柱の〈重量〉を収納した。
キャパシティーオーバーかなとも思ったけど、意外にもほとんど入った。
ただし、完全なゼロにすることはできないようだ。
こうなれば、俺一人でも持てる。馬鹿デカい支柱だけど、角砂糖程度の重さしかないのだ。
ここで、エレナさんが魔法の布を生成した。
この上に置けと言うことだろう。 壊さないように慎重に支柱を布の上に置く。
「それでは、出発しましょう」
布が浮いて、支柱を運び出した。
「凄いですね。俺の知識では、魔法の絨毯そのものです」
「うふふ。私の作り出す布には、浮遊の効果も付与できるのです!」
なるほど、考えられている。
これでエレナさんの布魔法は、応用の幅が広がったんだろう。
もし飛べるのであれば、チート系に化ける可能性もあるな。
会話しながら10キロメートルを走ると、用水路に着いた。
エレナさんが用水路の中まで支柱を運ぶ。
今俺は、支柱に乗っている。浮遊感が少し怖いけど、ゆっくりとした移動なので、バランスは保てている。
そして腰には、エレナさんが作った二本目の布が巻かれている。
「トールさん。〈重量〉を静かに戻してください」
俺は頷いた後に、支柱の重量を少しずつ"開放"した。
今までは、〈一度に開放〉しか考えていなかったのだけど、段階的に開放することもできるんだな。思いつきもしなかった。
俺が思考している間も、支柱はゆっくりと沈み込んで行く。
「1/5程度が川底の地面に沈み込んだか……。だけど、半分は水面より上に出ている……」
全ての〈重量〉を戻して、俺が手を振ると、エレナさんが引っ張ってくれた。
ふわりとやさしく地面に着地する。
「すごいですね。布を自由自在に操れている感じがします」
「私の賞賛よりも、橋の支柱ができたことを喜びましょうよ。ほら、対岸のセリーヌ様達が、驚いていますよ?」
対岸を見る。全員絶句しているよ……。
「橋の設計とか、工事はセリーヌ様に任せましょう。俺達は、このまま沼地を見に行って、今日は終わりかな……。場所の確認だけでも行っておきたいです」
「そうですね。もう一度走りましょうか」
笑顔のエレナさんが、少し怖いと思えた日でした。
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