第7話 もーしーらない!
どうやら俺は、人気のない草地にある、一棟の小さな古小屋の前に転移させられたらしい。
小屋の中は黄色がかった白い壁に無垢の床、机に椅子、ベッドといたって普通の内装だった。
窓からは、柔らかな斜陽が差し込んできている。
夕暮れどきのようだ。
部屋を一周みわたすと、部屋の真ん中に高そうな桐箱が一つ置かれているのを見つけた。
これがさっきミラの言っていた特典だろうか……神器にしてはやけに小さい気がする。
おもむろに小屋に踏み込んでその箱を手にする。
桐箱には、でかでかと漢字で「転移特典 星川慧様」と書かれている。
その箱をおそるおそる机に置き直すと、ゆっくりとフタを開き、のぞき込む。
……………………。
「嘘だろ……なっ……なんだよこれは!」
意表をつかれ、思わず声を荒らげてしまう。
異世界転移特典が『タワシ』!?
見るからに高そうな桐箱の中に鎮座ましましていたのは、他の何物でもない、タワシだった。
何度目をこすってから見ようと、どれだけ離れた所から見ようと、逆立ちして見ようと、依然としてタワシなのである。
「おーいミラー! おーい! 聞こえてますかー!」
どれだけ叫ぼうと彼女は現れない。俺は女神にだまされたのか?
なんだよこれ、詐欺じゃねえか。
上手くあの女神の口車に乗せられたってことか。
女神だからって油断していたのが悪かった。
突発的な絶望感にさいなまれつつ、もう一度桐箱の中をのぞくと、タワシの下に手紙らしき物が入っているのに気づいた。
二つ折りの手紙を取り出して、開く。
日本語ではなく、初めて見る言語で書かれているようだが、不思議と読める。
※
やがては世界を救う者 サト・ホシカワへ
あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう……。
当たり前ですね。だって私は神界にいるのですから。
(ここ、笑うところです。渾身の女神様ギャグです。今度、感想を聞かせてくださいね!)
転生者やら転移者やらをそちらの世界に次から次へと送り出していたら、お渡しできる神器が無くなってしまいました。
ゴメンなさい。
桐箱の中にこの手紙と一緒に転移特典がはいっていますので、それで我慢してください。
というかこのことは、規約の最後の方に書いておきましたからね?
しっかり同意していただいたのですからなんの不服もないことでしょう。
“不老不死”とか“攻撃模倣”とか、特殊スキルを与えるという手もなきにしもあらずだったのですが、特殊スキル与えると女神の私でも三日間は動けなくなってしまいますし。
そうすれば、一年近く続いているゲームの連続ログイン記録が途切れてしまうのです。
これは看過できない事態です。
ですから、この古小屋と、桐箱の底にあるミラ様手描きの周辺の略地図が、せめてもの
ありがたく使いなさい。
つきましてサトさんには、規約にもあった通り、神界より失われし十二の神器を取り戻して欲しいのです。
しかし残念ながら、私が場所を把握しているのは、そのうち一つのみなのです。
それはクロエのダンジョンにある「創造の杖」です。
「十二個も神器を放出しておいて、どうして行方を知っているのが一つだけなんだ! そもそも下界に放出しても良いのは四つまでだろ! 十二ってなんだよ! この無責任女神! 天使に降格させるぞ!」
といった、私が毎日のように先輩神アレス様から怒号とともに浴びせられている
私は、神器を十二も集められるのはサトさんだけだと信じていました。
だから、サトさんを選んだのです。
私は運命を司る女神――ミラ・ファートム。
そう、これは運命なのです。
決して、アレス様にこっぴどくしかられて、
「天使に降格したくなければ、お前が回収に行ってもいいから、早く俺に神器の回収計画書を提出しろ。それと、お前は計画書を提出するだけで終わりかねないほどに
と言われたものの面倒くさくて、誰でもいいからお願いしようとかいうことは思っていませんでした。
そう、決して。
全ての神器を取り戻したあかつきには、サトさんには何でも好きなスキルを一つお与えしましょう。
望むのであれば、元の世界に戻ってもいいですよ。
神界に来て、天使として私につかえるのもありかもしれません。
それと、私が安寧維持を担当しているそちらの世界では、神器を扱える者がいなくなった影響で、魔族が好き勝手しているようです。
人族は
いや、してください。お願いします。
やれさっさと神器取り戻せだのやれもっとしっかり安寧維持しろだの、もうアレス様から怒られるのはこりごりです。耳タコです。
それでは、サトさんに神の御加護があらんことを。
グッドラック!
勤勉で可憐な女神 ミラ・ファートム
追伸
サトさんの所持品は、この世界にとーっても悪い影響を及ぼしてしまうかもしれないので、女神様として看過するわけにはいけません。
没収、しておきますね。
決して 暇つぶしにサトのもってるゲーム機とか、漫画とかが欲しかったわけではありませんからね。決して――。
※
――あっ、騙されたんだ、俺。
なんだよ! これ。
俺の悠々自適な異世界生活よ、どこへ行こうとする。
どんなに手を伸ばそうと、手をかすめることすら無い。
俺の……俺の、夢の……夢の、大切な……大切な、異世界生活。
希望は、実にあっけなくついえてしまったようだった。
こんなことなら、あの長々とした規約をしっかり読んでおくべきだった。
そうすれば、変に強調された「同意します」ボタンの違和感に気づくこともできただろうに。
「おーい、ミラー! 聞こえてるかー! キャンセルしたいんだがー! クーリングオフ制度、まだ適用されるだろー!」
無駄なことだとは重々承知しているが、もう一度どこにいるとも分からないミラに大声で呼びかけてみる。
もはや、あの自堕落無責任女神にはらう敬意などこれっぽっちもないのではないか。
いくら規約に書いていたとはいえ、もとはと言えば、ミラが何の考えもなしに、限りある神器を次々に排出していたのが悪いのだ。
それを俺に回収させて、自分はあの涼しい部屋でゲームやら漫画やらの娯楽に興じるなんて虫が良すぎる。あの漫画、俺もまだ読んでないのに。
『あー、あー。聞こえますかー。今、サトさんの脳内に直接語りかけています。規約第1章、第2条。――神界は利用者に対して一定のノルマを課します。利用者がそのノルマを達成するまでは、本サービスのキャンセルは受け付けられません――。ですから無理です。諦めなさい。そして私の尻拭……あっ……念波……が…………プーッ、プーッ、プーッ、プーッ』
どこからともなく、ミラの声が聞こえてきた。
ふざけているのだろうか。
特に最後の電波障害ならぬセルフ念波障害は、かなりムカつく話し方だった。
クソっ!
ついさっきまでは、なんて美しいのだろうと感動さえ覚えていたミラの声も、今では夏の夜中に顔の周りを飛び回る蚊の羽音と同じくらい憎らしく感じられる。
あーもーしーらない!
明日のことは、明日の俺に任せるとして――今日はもう寝よう。
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