*43* パンケーキにはお気をつけを

「母さんストーップ!」


「へ?」


 今朝はフレンチトーストじゃないんだぁ。

 あくびを噛み殺して、ナイフとフォークを手に取ったときのこと。

 いつもより多めに角砂糖をコーヒーへ投入していたジュリが、血相を変えてすっ飛んできた。


 かくして、パンケーキを食べようとしていたあたしは、作った本人に待ったをかけられるという奇妙な光景を朝っぱらから目の当たりにした。


「それ違くない? うん、やっぱり違うよ」


「んん? なにが?」


「よく見て、ほらこれ、食べ物じゃないから!」


「どれどれ……」


 寝ぼけまなこを擦り、熱弁するジュリくんが指し示した先を覗き込む。

 パンケーキの上に散りばめられたブルーベリー。

 そうだと信じて疑わなかったものの中に、微妙に色味が違って気持ちおっきめなそれが、ひと粒だけあった。


「あらほんと。なんだろね、この黒い玉。どこから湧き出てきたんだろ、七不思議ー」


 アハハ! と笑い飛ばす星凛さん、依然として寝ぼけていた。

 なので、過去にも似たような『黒い玉』とお目にかかったことに気づかない。


「私が思うに、オーナメントでは?」


「おーなめんと」


「セリ様やジュリ様の瞳と、よく似た色をしています」


 なので、ブルーベリーではないかと──と結んだゼノを振り返って、3秒ほど。


「……ひゃあああお水ぅううう!!」


 ぶん殴られたみたいに目が覚めたあたし。

 ブルーベリーソースにまみれた『ブルーベリーもどき』を救出すべく、椅子から転げ落ちながらもキッチンへと猛ダッシュしたのだった。


 ──てなことがあって、半ばパニクりながら至急で飛ばしたSOSのお返事が、小枝の同封されたあのパピヨン・メサージュだったというわけだ。

 そしてやってきたウィンローズ。

 オリーヴも断言した。

 これは生命の種オーナメントに間違いない、と。



  *  *  *



 アフタヌーンティーの後は、ゲストルームに案内された。

 高級ホテルのスイートルーム顔負けな自分の屋敷の寝室よりも、更にひと回りは広いそこ。


 ゆったりとしたベッドルーム、バスルームだけでなく、リビングルーム、ダイニングルーム、キッチンまで完備されている。

 ここから出ずに生活できるのでは?

 ひと通り部屋を見て回ってから、もう何が起きても驚かないぞと薄ら笑いを浮かべた頃。


 コン、コン、コン、コン。


 聞き慣れない4回ノック。

 ジュリやゼノなら3回だ。オリーヴたちだとしても、ひと声かけてくれるはず。

 不思議に思いながらも、「どうぞ」と返事をする。

 このウィンローズ邸に不審者は侵入できないはずだと、信頼しているから。


「失礼いたします」


 ドアの向こうでくぐもる声音は若い。それでいて、落ち着いた印象を与える。

 静かに入室し、音もなくドアを閉めるまでの一連の動作を流れるようにこなした人には、見覚えこそないけれど、服装には心当たりがあった。


 シックな黒に映える上品な金の肩章。華美というより優美な軍服は、ヴィオさんが身にまとっていたものと同じだ。


「ウィンローズ騎士団に所属しております、ネモと申します。お初にお目にかかります、マザー・セントへレム」


「あっ、ご丁寧にどうも! 星凛と申します!」


 胸へ手を当てたお辞儀に、条件反射で腰を折った。


 そろそろ、と見上げた身長は、ジュリと同じくらい。細身の腰には、ヴィオさんのように剣は提げられていない。

 いや、ないわけじゃない。死角だっただけで、その背に身長とそう変わらない大剣を背負っている。

 屈強な大男でも、あれだけの大剣を振り回すのは至難の業だと思うんだけど、まさかジュリと同じ高校生くらいの子がねぇ。


 高校生くらいっていうのは、あくまでパッと見の印象だ。

 エデンは見た目と実年齢がバグりまくってる世界だから、実際はどうかわからない。


 ほかに印象的なのは、髪だ。晴れた日の空の色。

 現代じゃまずあり得ないカラーだけど、その子に関しては何故かしっくり来る。

 地毛だって言われても納得するくらい。


 ただ、マッシュヘアーの前髪が目元を覆い隠すくらい長く、顔だちを正確にうかがい知ることができないのが残念だけど。

 前見えてるのかな、あれ。


「ネモさんは、あたしに何のご用で……?」


「ネモ、とお呼びください。敬語を使われる必要もございません。屋敷のご案内を仰せつかりました。お時間をいただいてもよろしいでしょうか」


「大丈夫で……ダイ、ジョウブ」


「痛み入ります。では、こちらへどうぞ」


 そんなにすぐ切り替えができるはずもなく、カタコトで返すあたしへ、その子はごく自然に右手を差し出す。

 プリンセスをエスコートする、騎士のように。

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