第2章「ウィンローズ編」
*37* ウィンローズへ
音もなくカーテンがなびいて、ひらりと屋敷に舞い込む1羽の蝶。
緑色に仄光る鱗粉を舞わせた直後、まばゆい発光を見せたそれは、一通の手紙へと姿を変える。
オリーヴの木に赤薔薇が巻きついたデザインのシーリングスタンプを切ると、真紅のサテンリボンに束ねられた小枝が2本同封されていた。
親愛なる笹舟 星凛様
先日はお手紙をありがとう
わたくしも、ヴィオも、リアンも、
おかげさまで変わりはないわ
あなたも、元気そうでよかった
それで、早速本題に入るわね
あなたにお手紙をもらって、
あの子たちとも話したのだけれど──
セリ、あなたを、
我がウィンローズへご招待します
どこまでも続く青空の行き止まりを、見たことはある?
虹のしっぽを追いかけるように、叶わないことだと思っていたけど……夢のような光景は、たしかにあった。
「わぁ……!」
そよ風が清かに吹き抜ける丘の上で、一瞬呼吸を忘れたのち、ため息をこぼす。
「あれが、ウィンローズの街……!」
慣れない馬上の旅による疲れも、まばたきのうちに吹き飛んでしまう。
青の彼方まで埋め尽くす緑のキャンバスと、色彩豊かな芸術。
この丘を下れば、花の楽園がそこに。
* * *
ウィンローズまでの道のりは、リボンを解いたとたんに小枝から姿を変えた2頭のホース・ゴーレムが知っていた。
「お疲れではないですか、セリ様」
「それがねぇ、意外と平気なんです」
「ここからは歩きにしよっか。どこかでお昼にして、ついでにちょっと街を見て回る?」
「さんせーい!」
先に下りたゼノの手を借りて、あたしもゴーレムの背から地面へ、今朝ぶりのこんにちは。
うん、風に吹かれる乗馬の旅も悪くなかったけど、やっぱり自分の足で歩けるっていいね。
役目を終えた2頭のゴーレムは、緑色の光を発して元の小枝へ戻ると、ジュリの手のひらへ。
「わらび、おいで。あーん」
「ビビッ、ンアー」
パックン。
ジュリに呼ばれ、ロングケープのフードから顔を出したわらびが、白餡に切れ込みを入れたようなお口で小枝をひと飲みしてしまう。
本当に食べてしまったわけではなくて、これは最近発覚した、わらびの『収納能力』だ。
水の妖精ながら複数人を空間転移させる魔力を持つわらびは、体内に異空間を創り出すこともできるらしい。
手のひらサイズの身体より何倍も大きなものを、たくさん仕舞い込める。いわゆる四次元ポケットみたいな能力だ。
あたしたちが手ぶらで楽ができているのも、旅に必要なものや大切なものを、わらびが預かってくれているから。
さわり心地抜群のぷにぷにボディに冷却効果と癒やし効果も兼ね備えた、とってもいいこです。
ひとしきり感心してから、ふと辺りを見回す。
レンガ造りの道の広さ、建物の高さ、往来をゆく人々の活気も、前に見た──セントヘレムの街とはまるで違う。
「すごく人通りが多いね。東京みたい」
「トーキョー?」
「あたしが生まれ育った街のことだよ。国の中心都市だから、色んな場所から色んな人が集まってたの」
「そうなんだ。ウィンローズもアクアリアと並ぶ大都市だよ。商業も盛んだから、全国から行き来がある」
「エデン中の人が集まってるってこと? ほぇー、すごいなぁ」
「ふふ、物珍しいこともあると思うけど、一応お忍びだからね、
「お、押忍……!」
東京育ちのくせに、田舎者丸出しの発言をかましてしまった。
はにかむジュリのシャイニングスマイルから逃げるように、かぶりを振って火照った頬の熱を宙に逃がす。
まぶかに被り直したフードの紐を、首元へきつく結び留めた。
ウィンローズは、街全体がグリーンカーテンに包まれた緑の楽園だった。
てるてる坊主のコスプレかってくらい丈の長い外套を着込んでも、そんなに暑くはないけどなぁ。
「古くから魔を退け、幸福を呼び込むという、おまじないの意味があるそうです」とワンポイント解説をしてくれるゼノさん。ありがとう。
当然のように心を読まれることについては、もう何も言いません。
両サイドにショーケースの立ち並ぶ大通りを抜けると、広場のような場所にたどり着く。
中央で立派な噴水が水飛沫をきらめかせていて、近くには頃合いな木製のベンチを発見。
「ここでランチにしよう」と告げたジュリがわらびにひと声をかけて、お手製のサンドイッチが入ったバスケットを取り出してもらっていた。
ベンチに座り、ハムとシャキシャキレタスのサンドイッチをもそもそ食していると、右隣にゼノが腰を下ろした。
食事の邪魔にならない程度に、腕がふれている。
背後では、「ビヨヨ〜ン!」と上機嫌な鳴き声の後に、ぽちゃんと水音。
そうだよね。ゼノもわらびも、しっかり充電しとかなきゃ。
「あー……お腹いっぱい。天気もいい。これはお昼寝日和だぁ……」
「今寝たら夕方になっちゃうよ。もうちょっと頑張ろうね」
「はぁい」
「ゼノ、念のためセリの手を引いててくれる?」
「かしこまりました」
「さてはジュリくん、星凛さんのことを信用してないね?」
「わらび、行くよー」
「ビッ!」
さすがジュリくん、あたしの取り扱い方をよく心得ておいでで。
点呼を取って地図を広げる様は、遠足の引率の先生みたいだよ。
「お休みになられても大丈夫ですよ」
「ありがとね、ゼノ。その言葉で目が覚めたわ」
ゼノに手を引かれた星凛さんがもし眠ってしまった場合、どうなるか。
そんなの決まってる。公開処刑という名の市中引き回しの刑が、見ず知らずの善良なるウィンローズ市民のみなさんに生中継される。
やるぞ。どんな大注目を受けようが真顔でお姫様抱っこをするぞ、ゼノは。
「あら、見慣れないね。おまえさんたち、どこから来たんだい?」
『もしも』の場合を想像し、軽く身震いをしていたときのことだった。
ちょうど通りがかった露店のおばさんに、声をかけられたのは。
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