第38話 合宿だ〜!:いざ実体験
「じゃあ、やってみま〜す!」
除虫菊を育ててくれた近所の爺さんは刈り取り用のコンバインと呼ばれるトラクターの親戚みたいのも持っていて、私有地の畑に中だから運転免許がなくても動かせるよ?と言われたのだが、我々がここに来たのはラノベ体験の為。
と言う事で、トラクターもどきは全会一致で却下された。
何故かそれなりの数が揃っていた鎌を借りて、まだ刈り入れをしていなかった部分の端から横に並んでゆっくり前に動きながらと刈り取りして行くことになった。
どうやら碧が電話で『自分もやりたいから一部刈り取らずに取っておいて』と言った為、それなりの区画が残されていたようだ。
『まあ、コンバインを使えばすぐじゃからの』
との事だった。
大は小を兼ねると言う事で、碧がどれだけ大量に刈りたくなっても満足できる様に沢山取っておいたそうだ。
『合宿を提案して良かった・・・』と除虫菊がまだ残っている畑を見た碧が多少青くなって言っていたのが笑えた。
ちなみに、印象派の絵画に出てくる農夫や漫画の死神が持っているような大鎌もあったのだが、流石にこれを素人が振り回すのは危険すぎると言う事で爺さんも貸し出しを拒否した。
周りに人が居る場所であれを振り回したいと強請る馬鹿は居なかったが、何人かの男子メンバーはちょっと後でこっそり頼みに行きそうな顔をしていた。
・・・頼むならまだしも、勝手に拝借して試したら大問題かも。
「ねえ碧、酒が入った時に誰かがちょっとあの大鎌を試したいなんて言い出して死傷事故が起きたりしない様に、ここでの刈り取りが終わった後に一人ずつ順番に希望者だけあの大鎌を試させて貰えないか、あの爺さまに頼んだ方が無難じゃない?」
爺さんが畑の向こうの方で鎌の使い方を教えているのを横目に、隣で鎌を振るっている碧に除虫菊を刈り取りながら声をかける。
私はなんと言っても前世:寒村の農婦だ。
身体はやり方を忘れているが、ちゃんと鎌の動かし方の知識はあるので焦らずにゆっくりやれば刈り取りに問題はない。
碧も子供の頃に近所の手伝いとかで一応鎌を使った事があるらしく、隣で着々と除虫菊を刈り取っている。
「・・・え、そんな馬鹿な事するかな?」
碧が手を止めて聞き返す。
「だって、ラノベって基本的にファンタジーもんでしょ?
漫画やゲームだと大鎌を振るうキャラがちょくちょく出てくるから、男どものうちの何人かは大鎌に興味があるよ、絶対」
ラノベ好きにはゲーム好きも多いのだ。
日本刀は高級だし『人を殺す武器』と言う認識があるから、酔っ払っても流石に周囲に人間がいる状態で力一杯振るいはしないだろう。
だがなまじ鎌を農業の道具として今使っているから、大鎌もその延長線上で考えて『農具』だから『武器じゃない』、つまり『人を殺す道具じゃない』と酔った頭で考えて巫山戯て振り回してもおかしくないと私は思うのだ。
ゲームやラノベのキャラは大鎌を武器として人間やモンスターを殺している筈なんだけどね。
「あ〜。
確かに妙に大鎌に興味を示しているのがいたか。
一応酒はウチじゃあ出さないって事になってるけど、夜の自由行動時間にビールを買ってきてそこら辺で飲みそうだしねぇ。
後でじーさまに頼んどくわ」
立ち上がってグイッと背中を伸ばしながら碧が言った。
「ちなみに、この畝の終わりまで刈ったら残りはコンバインでやって貰っても良いよね?」
私も腰の痛みを解す為に立ち上がり、のぞけって背中を伸ばす。
農作業は厳しい。
ある意味、収穫を機械でできる様にしたコンバインとかトラクターって人類にとって何よりも重要な発明だったんじゃないだろうか?
「うん、いいと思う。
と言うか、良いと言って貰えないと私も泣くわ〜」
辺り一面の除虫菊を見回しながら碧が合意した。
しっかし。
これでピークを過ぎた残りって・・・。
一体日本中でどれだけの畑が耕作放棄されかかっていたんだろ?
諏訪湖の近辺なんてまだそれ程過疎化が酷い地域じゃないだろうに。
まあ、住民がいても、農家ではなく観光客相手のサービス業が多いのかな?
日本じゃあ農業って中々金にならないらしいし。
◆◆◆◆
「で、これが千歯こきじゃ。
コンバインを使わないのじゃったら花を取るのにこれを使うと早いぞ」
全員で一畝ずつ刈り取り、大鎌も振り回させて貰った我々は次に花の部分を分ける為の作業に入った。
千歯こきなんて100年ぐらい前の道具だと思っていたのだが、時折裏庭で育てる自家用家庭菜園の収穫や、親族の子供の夏休みプロジェクトなんかで使う事がある為、残っていたらしい。
まあ、簡単な仕組みなので壊れても自作出来そうだし。
転生先でこう言うのが無かったら自作しても良いかもしれない。
とは言っても、それなりに文明が進む余地がある世界なら足で回す脱穀機程度は発明されている可能性が高いけど。
前世の寒村にもあったのだから、それ程ハードルは高く無いのだと思う。
「これが千歯こきかぁ〜」
何人かが感慨深げに千歯こきの周りに集まる。
歴史逆行もののラノベなんかでは定番アイテムだからねぇ。
「じゃあ、やってみよ!」
八幡先輩が声を掛け、近くにいた人間が刈り取った除虫菊を千歯こきに通して引っ張った。
ぶちぶちぶち。
「「おお〜」」
花があっさり千切れ落ちたのを見て、感嘆の声が漏れる。
「この後花は乾かさなきゃいけないから、そっちの箱に入れていってね〜!」
八幡先輩の指示に従い、順番に各々が刈り取った除虫菊を千歯こきに通して花だけを別にする。
お手軽で便利な道具を使えたとはいえ、一人ずつ手作業で順番にやっていたので終わったらもう夕方だった。
「よ〜し、今日はここまで!
明日は前もって収穫して乾かしてあった花の解体よ!」
最後に碧の分の作業が終わったところで八幡先輩が声を上げた。
「すり潰すんでしたっけ?」
「まずは花びらの部分を外して子房のところだけを集めないと。
乾いていたらぐりぐり弄るだけで花びらが落ちてくれると期待しているんだけど・・・」
かなりの手作業になりそうだが・・・皆でワイワイ話し合いながらやればそれ程キツくない・・・と期待しておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます