第12話
「ヴァイオリンのソロ演奏のコンサートの話、覚えてる?」
裕一は自分のエレキ・ギターにチューナーをセットしながら聞いた。
「確か、バッハの無伴奏ヴァイオリンソロ曲で『パルティータ』とか言ってたよね」
正がすでにチューナーがセットされたエレキ・ベースの弦を指でかき鳴らしながら言った。
「そのヴァイオリニストは、最初にヴァイオリンのチューニングをしたんだけれど、440ヘルツのA線を442ヘルツにしてチューニングしたんだ」
「裕一すごいね、なんでそんなこと分かるの?」
太郎がドラムのバチを両手で掴んで、軽く叩く真似をしながら言った。
「それが・・・開演のブザーの音を聞いて、スマホをマナーモードしておくのを忘れていたことに気がついて、スマホのロック画面を解除したら、チューナーのアプリが起動した ままだったんで、ヴァイオリンのチューニングの最初の頃だけアプリの画面を見ていたんだ」
「でも、なぜA音を442ヘルツに変えるの?世界基準は440ヘルツだよね」
太郎が言った。
「ポピュラー音楽の世界では440ヘルツが一般的だけど、クラッシク音楽の世界では最近は442ヘルツが主流になっているみたいだよ」
キーボードのスイッチ類を操作しながら亜香里が言った。
「詳しいんだね」
太郎が言った。
「今度キーボードを買い換えようと思って。楽器店に行ってみたらピッチを簡単に変えられるものがあったの。それで最近ピッチに関するものに興味が出てきて、いろいろ調べたりしているのよ」
「でもなぜ最初からA線を442ヘルツの音で調弦しておかなかったのかな?」
正が言った。
「それなんだけど、あのコンサートホールは、クラッシクのコンサートに使われることがあまりないコンサートホールなんだ。そのためにあのホールのピアノは、A音440ヘルツのピッチでの調律で固定されているんだ。あのコンサートは予定では、ピアノ伴奏の小曲が数曲入る予定だったんだ。でもピアニストが急遽来られなくなってしまって、ヴァイオリンをピアノのピッチに合わせる必要がなくなってしまったんだ」
裕一が言った。
「僕なんか440ヘルツと442ヘルツの違いを聞いても分からないだけど、まして一般の観客はぜんぜん分からないと思うけど・・・どんな意味があるのかね」
正が言った。
「友だちでクラッシクピアノを本格的に学んでいる娘がいるんだけど・・その娘がいうには442ヘルツの方が440ヘルツよりも華やかな音になるって言ってたわ」
亜香里が言った。
「僕はリズムのズレとかを気にするけど、ピッチについてはそんなに気にしたことないな」
太郎が言った。
「僕もピッチよりもリズムの方が気になるな」
正が言った。
「それでなんだけど、今回のライブでもアンコールで『君への思い』をやりたいと思うんだけど・・・この曲だけピッチを442ヘルツにして演奏してもいいかな?」
「わたしはぜんぜん問題ないわ。ライブの日には新しいキーボードが余裕で間に合うし」亜香里が言った。
「亜香里がいいと言うならぜんぜんかまわないよ」
正が言った。
「僕もいいよ」
太郎が言った。
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