第26話
しばらく歩みを進めていると貴族の避難経路らしく装飾された通路が徐々に薄暗くなっていく。先生が持っているランタンで壁を照らし、ウィルと一緒にマジマジと見ている。
「術式が施されていますね……」
「これもまた複雑な術式だね。これから先何が起こっても何があってもおかしくないよ」
ふたりの会話が聞こえていたのか、立ち止まっていた王子がこっちを向いて小さく頷く。そして心配気に見上げていたアリスに視線を向けると安心させるように柔らかく微笑んだ。唐突に自然に惚気けるのはやめてもらいたい。ついでに言うとその近くでルクハルトが複雑そうな顔をしているのが視界に入ってくる。突然の月曜のドラマのような展開もやめてもらいたい。
普段生活をしているとそう思うわないけれど、あの一行の様子を見ているとやはりこの世界は恋愛シミュレーションゲームなのだなと思えてくる。あそこに乱入できる悪役令嬢なんて果たしているのだろうか。悪役なんて立てずとも立派に育んでいっているのだから不必要な演出は避けるべき。
だなんて前世の制作会社に文句を言いつつ、どんどん薄暗くなっていく通路をランタンの灯りを頼りに進んでいく。気のせいかもしれないけれど空気も淀んできている気がする。あの日、魔物が襲撃してきた空を思い出させるような雰囲気だ。
時折出てくるガーゴイルを倒しつつ奥にある扉をくぐれば、一際大きい空間へと出た。本来ならば避難していた貴族たちを集めて王族の誰かが指示を出すような場所だ。そんな空間に、禍々しいモヤがひとつの壁となって更に奥にある扉への道を塞いでいる。
「とんでもなく大きな禁術だね」
「……先生」
視線を合わせ、先生が小さく首を縦に振る。ここから先生の出番だ。
「僕も手伝おう」
先生とウィルが王子の通り過ぎ前に立ち並ぶ。解術を使うということは、魔法を発動させるということ。
「これから何が来ようとも、ふたりを守るぞ」
魔法を発動させれば侵入したのがオスクリタに知られてしまい、侵入者排除のために色んな手を尽くしてくるはず。さっきのガーゴイル然り、もしくはまた別のものが襲い掛かって来るかもしれない。けれど禁術を解かなければオスクリタには辿り着けない。
魔術師のふたりの背中に私が立ち憚り、その私の前に王子とルクハルトが構える。聖女であるアリスに危害を加えさせるわけにはいかないため先生と私の間に移動してもらった。
「――始めます」
淡い光と共に一斉に聞こえた雄叫びと地鳴り。現れたのはさっきまでの比ではないほどのおびただしい数のガーゴイルと、そしてまさかのゴーレムだ。どちらも本来ならば退路を守るために配置されたはずのもの。
「来るぞ!」
ルクハルトが飛び出し王子も応戦する。私は弓矢ということもあってまずは飛んでいるガーゴイルを次々に射落としていく。鈍い音を立てながら崩れ落ちるガーゴイルだけれど何度射っても次から次へと湧いて出てくる。まるであの襲撃があったときのよう。今回もあのときと同じように解術している先生を背で守るのね、と一気に三本引き抜いて放った。
「ルクハルト! 決してエリーの元まで奴らを攻めさせるな!」
「わかっている!」
私がやられたら最後だものね、と思いつつルクハルトの背後に迫ってきていたガーゴイルを射落とす。ハッとして私に振り向いたけれどディランと違って豪快にお礼を言うことはなかった。まぁわかっていたことだけれど、後々軽くお尻に突き刺そうと思いつつふたりのサポートをしながら蹴散らしていく。
「エリーさん!」
後ろからアリスの悲鳴が聞こえた。後ろを振り向く、ことはせずにダガーを取り出して飛んできたガーゴイルを力任せに破壊する。先生たちが解術を使ったということは私も強化系の魔法を使ってもいいということだ。
「これくらいなら大丈夫よ」
「エリーさん……」
トゥクンッ……という効果音がどこからともなく聞こえたような気がしたのだけれど。
「え? 一体何さっきのは」
「エリー! また行ったぞ!」
キョロキョロと音が鳴った場所を探していたけれど、なんだかやや八つ当たりのような声が聞こえて弓矢を構えた。また行ったぞ、じゃなくて来ないようにそっちで対処するんじゃなかったの。
飛んでいるものは矢で、近付かれたらダガーで。ただルクハルトとは違い強化はしているとはいえゴーレムを一撃で破壊できる力はない。ふたりにはできることならゴーレムを引き寄せてもらい、その間に飛んでいるガーゴイルは私が仕留めるというように動くのが一番の理想だろう。
王子はともかくルクハルトは騎士なためいち早くそれに気付いてくれた。ゴーレム中心に攻撃してくれるようになり、それによって私もより集中的に飛んでいるものだけを狙って攻撃できるようになる。一度王子からの意味深な視線をもらったけれどこんな状況で不必要な言い争いをすることはない、ルクハルトも私も流石にそれはお互いわかっている。
どれほど戦っただろうか、後ろからカチカチという音が聞こえて最後にカチンッと一際大きく音が響いた。
「解けました!」
「奥へ進め!」
通路を塞いでいた禁術が解け先生とウィルは奥にある扉を急いで開ける。後ろからまだガーゴイルとゴーレムが襲いかかってきていたため、私たちも急いで扉をくぐりバタンと急いで閉じる。
「おっとおっと、前からも来ているよ」
「これからも容赦なく襲いかかってくるはずだ。構わず前に向かって走れ」
後ろから迫ってきていたガーゴイルたちは扉で塞ぐことはできたというのに、目の前にはまた奥から次から次へと溢れてくる。まぁ本拠地に攻め込まれないために色々と配置するのは当たり前のことだけれど。
「なぁに、魔法が使えるようになったのなら僕の出番さ――ロックグレイブ!」
ウィルが手を掲げたと思った瞬間目の前にいたガーゴイルが一斉に破壊された。ガラガラと崩れ落ち下にはあっという間に瓦礫の山。あまりの迫力につい目を見張り私たちの前にいるウィルの背中に視線を向ける。
「岩は岩で破壊したほうが早いからね」
「まるで水を得た魚ね……」
「元気になりましたね」
事もなさげにやってみせたウィルはそのまま活き活きと前に進んでは魔法を使って破壊しそして前に進む、ということを繰り返している。さっきまで私たちの後ろでゼェゼェ息切れをしていた人とはまるで別人のよう。魔法が使えなかったことが余程ストレスだったのかと言いたくなるほどの暴れっぷりだ。けれど一応地上に影響が出ないよう配慮もしているようで、使っている魔法はすべてガーゴイルを破壊するものだけだ。この狭い空間で炎を使うこともなければ水を使うこともない。
そうして道を作ってくれているウィルの後ろに続いていたのだけれど、彼の足がピタッと止まる。道に迷う、なんてことはなさそうなのだけれど。今のところ一本道なのだし。そしたらなんだろう、と首を傾げると彼は苦笑を浮かべて振り返った。
「参った、なまものだ」
「なまもの?」
「一気に燃やすわけにはいかないだろう?」
指差す方向に目を向けて、ああ、と納得する。
「エリーさん」
「ええ。私たちの出番ね」
「あ、おい! 前に出るな!」
ルクハルトの忠告を無視してウィルの横を通り過ぎ前に出る。ガーゴイルの次に出てきたものは『核』がはめ込まれている魔物の数々。
「先生、弱点は?」
「右から腹、右足、喉、目、ですね」
弓矢を構え先生が言っていた弱点の箇所を狙いをつけ、一斉に放つ。
「命中率は下がるけれど、数射てば当たるわよね」
あらゆる魔物に矢は刺さり、弱点が外れた魔物にはもう一発見舞う。数体そのまま『核』に当たったけれどそれは動くことなく音を立てて倒れた。そしてガーゴイルと同様に次から次へと出てきて恐らくこれもコピーなのだと先生のサポートを受けつつ構わず倒していく。これだけの魔物がいたら当分お肉には困らなさそうなのだけれど。
「エリーさん、食べられませんからね」
「……そうよね」
コピーは禁術で手が加えられているため口にするわけにはいかない。ただただ襲いかかってくる魔物を倒すだけなんてあの日以来、材料も取れなければお肉にもならない魔物を倒すなんてこれほど無駄な時間はない。
「魔物はあとで処理をする。構わず進め!」
確かにこれだけの魔物を燃やしていたら吸える空気がなくなってしまう。すべてが終わったあとに処理したほうがいいと王子の言葉に頷き倒れている魔物の隣を走り抜ける。ただ、私はその間魔物に突き刺さった矢を引き抜くけれど。
「私学習したのよ。矢は使い回すわ」
「ケビンさんがいるわけではないですからね」
「そうなのよ」
これだけの量の魔物を射っていればそのうちまた矢が尽きてしまう。あのときのように矢筒を投げてくれる人がいないのだから使えるものは使わなければ。
魔物に矢を射って倒したらその魔物から矢を引き抜いてまた次の魔物に放つ。ちょっとグロい気もしないわけでもないけれど数の制限があるのだから仕方がない。そうしながら矢を射っているといつの間にか後ろにいたウィルから「ふむ」だなんて声が聞こえて、あまりの距離の近さに思わず驚いて少しだけ振り返った。
「エリーちゃん、一度矢を射ってみて」
「え? 言われなくても射るけれど……」
目の前にはまだまだ魔物がいて、いつものように構えてそして放つ。
「インクリースアロー」
ただ、一本だけだった矢がウィルの声で数本に増えそれが雨のように魔物に降り注いだ。威力もそうだけれど突然増えた矢に驚くなというのは無理な話しだ。ハリネズミのようになったかと思えば数本あった矢はパッと光が散るように消え、残ったのは私が放った一本だけ。
「うんうん、いい感じだ」
「ちょ、ちょっと突然やめてくれる? なんだか衝撃映像だったんだけれど」
「ん? 言ったじゃないか、君を必ず助けるって」
それは、確かにそう言ってはいたけれど。でもあのセリフといい今のこの状況であればピンチになったときに魔法で助けてくれる、という意味に捉えていたのだけれど。助けるって、そういう助けるではなく「手助け」のほうだったのねと軽く息を吐いた。
別にいいけれど、ここでのヒロインは聖女であって私ではないのだから。でもあまりにも唐突の衝撃映像だったため後ろでも驚いているし王子はちゃっかりアリスの目を手で覆い隠していた。
「次やるなら一言もらってもいいかしら」
「おっとこれは失礼」
にこっと笑う顔にこっちの顔が引き攣る。今少しだけドミニクの気持ちがわかったような気がした。
「先生、進みましょ」
「そうですね」
「セイファー、君体力ついたね~。羨ましいよ」
あなたがなさすぎなのよ、と思ったけれどきっと先生も同じことを思ったはず。お互い顔を見合わせてにこにこ顔のウィルに視線を向け、そしてもう一度目を合わせて走り出した。
ガーゴイルはウィルが、魔物は私と先生が、そして聖女のお守りは王子とルクハルトがという配役が自然と決まりそのまま奥へと突き進む。進めば進むほど敵の数も増えていったけれど地上に比べて通路が狭いことが幸いした。四方を囲まれることなく前からやってくる敵に対応すればいいのだから。
「あの三人……さっきまでは後ろをゆっくり歩いていたくせに」
「彼らの本分だからな、任せておこう」
「……私も剣か何か学んだほうがいいでしょうか」
「やめておけ」
後ろから聞こえる会話に聞こえているわよ、と内心思いつつやっぱり一度矢を放っておこうとひっそりと誓った私は最奥だと思われる扉を開け放った。
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