第一章 前途多難(5)
結局、答えにならぬ答えを返した。
「だいたいのことは知ってると思いますよ。新選組のことはもちろん、敵方のことについても多少はわかりますね」
敵方、つまりは後に維新を起こす勢力のことである。
近藤も土方も、顔を見合わせた。
「でも、一つ判らないことがあって……」
「何だね?」
「いえ、その……今日って、何年の何月何日なんでしょう?」
***
その後、沖田が調達してきた男物の着物に着替えさせられ、伊織は局長室に通された。
もちろん手首の縄は真っ先に解いてもらったのだが、肌が擦り切れて血が滲み、ひりひりと痛む。
そればかりか、落下時に傷つけていたらしく、手足の切り傷や擦り傷が疼く。
沖田が自ら手当をしてくれている間も、近藤による尋問が続いた。
「驚いたな。本当に良く調べたものだ」
伊織が近藤の生い立ちや、江戸の試衛館時代のことなどをかいつまんで話してみせると、近藤は素直に驚いた。
「なぁトシ。すごいと思わんか、この情報収集力は」
「……あぁ、そうだな」
蔵を出てから、土方は口数も少なく、何かを思案している様子であった。
その代わりに沖田が間を取り持ってくれ、気まずい雰囲気にはならずに済んだのが幸いだった。
沖田は自分が伊織を蔵まで運んだこと、清水で伊織を拾った時の驚きなど、面白おかしく語る。
「でもねぇ、近藤先生。突然空から降ってくるんですから、そりゃあ私もびっくりしたんですよー!」
沖田の話しぶりに、近藤も呵々と笑う。
「これはもう、絶対に天女様か何かだと思いましたね!」
天女様だと思ったなら、何故手足を縛って蔵に監禁するのだ、と伊織は頬を引き吊らせる。
その様子にも近藤は楽しげに笑い、ふと笑いがおさまると、ところで、と問いかけた。
「なぜ会津からはるばる京まで来られた?」
「あぁ、それは──」
修学旅行で、と言いかけて、言葉に詰まった。
理解してもらえるような言葉が出てこない。
ややあって、ようやく、
「新選組が、好きだから、会ってみたいな……って」
という理由を挙げた。
言ってみて、すごく怪しい言い訳だと後悔したが、予想に反して近藤はこれに喜んでくれた。
「そうか、それは光栄だなぁ! しかし、折角頼ってくれても、女子を隊に入れるわけにはいかんのでなぁ」
そう言って近藤は顎をさすりながら、何事か考えついたらしい。
「そうだ。行く宛がないのなら、どこか良い奉公先でも紹介しようか」
普通なら格別の好意であるものの、伊織にとってはどこか愕然となる提案だった。
(私は、どうなっていくんだろう)
元の時代に帰るには、どうすれば良いのか。
帰れなかったら、この時代でどうやって生きていけば良いのか。
未来の日本に生きる自分が、幕末の世に馴染めるのだろうか。
それに、自分がここにいることで、未来を変えてしまったりはしていないだろうか。
どうせ信じてはもらえまいと思って、未来から来たとは言わずにいたが、話した方が良いのではないか。
不安が一気に胸中になだれ込んだ。
「──どうかしたかね? 顔色が良くないが……」
下を向く伊織の顔をのぞき込むようにして、近藤が気遣う。
伊織は恐る恐る顔を上げ、近藤を見た。
「あのう──。本当のことを、お話しします」
自分のものとは思えないほど、声が悄然としていた。
「私は、確かに会津の者ですが、正確には『会津藩』の者ではありません」
三人は、一様に理解に苦しんでいる風を見せた。
「どういう意味だね?」
「笑わないで聞いてください。今この時が本当に幕末、いや徳川幕府の時代なら、私は──。今から百年以上も先の会津に生まれ育った人間です」
三人からの返答はない。
「解りやすく言えば、私は未来から、時を遡ってここへ来た……ということになるんです」
そこまで言って、三人を順に見た。
近藤と土方は理解できぬといった面もちである。
が、沖田に至っては、一人必死に吹き出すのを堪えていた。
「空から降ってきた、と沖田さんは言ってましたけど。正しくは、私、清水寺の舞台から転落したんです。きっとその拍子にこの時代に入り込んでしまったんじゃないかと思うんです」
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