第2章 第1話

 駅まで戻って電車に乗る。


朝のラッシュは解消されていて、それなりに空いていた。


「ねぇねぇキミ、鬼退治は出来た? ん? どうなの?」


 こん棒を見かけたおっさんが声をかけてくる。


本人は優しい笑みを浮かべているつもりなのかもしれないけど、人を見下したゲスい下心がミエミエだ。


「鬼ってどう? やっぱ強いでしょ。倒せた? どう? それともやられちゃった?」


 ニヤニヤした臭い息があたしにかかった。


「……キモ」


 そのとたん、おっさんの顔に怒りと侮辱と卑下たプライドが渦を巻く。


「嫌だなぁ。誤解しないでほしいなぁ。僕はね、心配して聞いてあげてるんだよ。頑張ってる子は応援してあげたいと思っているから。そりゃキミはもちろん頑張っていると思うし、余計なお世話だっていうことは分かってるよ。だけどね、僕はキミみたいな若くてかわいい女の子が……、いや、女の子は誰だってかわいいと思ってるよ。年齢とか関係なく全ての女性は……」


 ため息が出る。


やり過ぎなくらい下手に出れば、その下心はバレないとでも思ってるのかな。


「消えろよ、ウザいって」


 もう一匹退治してきたとか、これから倒しに行くだとか、いくらでもテキトーなセリフは思いつくけど、相手にするのもうっとうしいときはこの一言に限る。


明らかに気分を害したらしいおっさんは、ニヤついた顔を豹変させた。


「っんだよ、このガキ。これだからクソ女どもは、どれもこれもまともにしゃべれもしねぇ。だから鬼退治とかやってるヤツはバカって言われんだよ。世の中つーものがどうなってるのか……」


 さっそく怒り始めた。


ブツブツいいながらスマホを高速タップしている。


やっぱキモい。


つーか盗撮してんのバレてるからな。


面倒くさいからなんも言わんけど。


 次の駅で逃げるように電車を降りたおっさんの背中を見送る。


こん棒をずっと肩に担いでるのもいいけど、片手が塞がっちゃうのは辛いな。


やっぱベルト買ってこよう。


どんなベルトにしようかな。


制服のスカートに似合うやつがいいな。


吊り下げるか、背中に背負うか、普通に腰に差すような感じのか……。


遠くでクスクス笑う声が聞こえる。


「アレなんのバット? 短くない? 使えねーだろ」


「ダセー」


「いまさら鬼退治? つーか鬼ってまだいんの?」


「アレならお前でも楽勝に勝てんじゃね?」


「こん棒だし、カタナじゃねぇし」


「つーか木刀だろ? 実質。そんなの担いでる女ってどうなの?」


 あたしが視線を向けると、彼らはドッと笑った。


20代くらいの男3人。


バカの相手は出来ないので黙っている。


笑いたきゃ笑えばいい。


聞こえるように言って、あたしが困ったり恥ずかしがるかもって、そんなのを遠くから眺めて楽しむつもりだった? 


どうせあいつらには何にも出来ない。


3人が1人降りて2人になった。


急に大人しくなって、それぞれにスマホをいじり出す。


つまんない男にはスマホより楽しい友達なんていないんだろうなと、そういうのを見るたびにいつも思う。


あたしはくるくる巻いた黒い天パの短い髪を引っぱって整えた。


地下鉄の窓に映るあたしの姿はやっぱかっこいい。


こん棒あるしね。


 ようやく学校の最寄り駅にたどり着いた。


朝のラッシュ時では考えられないくらい少ない人通りだ。


そういえば、こん棒担いでこの改札を通るのは始めてだな。


これから毎日よろしくね。


あたちたちはもうずっと一緒だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る