面白いが伝われば

 翌日。

 授業中、ロバスの顔はずっと青い状態だった。

 もちろん私もかなりの憂鬱と恐怖で、授業の内容が頭に入ってこない。たかが部活でこれだけのプレッシャーを感じる私は、本当に将来、皇太子に迫ったり、暗黒教団とやらとつながったりするのが可能なのだろうか。いや、そうなりたいわけではないけれど、そこまでの度胸が自分にあるとは思えない。

 少なくとも昨日から食欲もなくて、寝不足だ。

 ロバスとそこまで仲良しになった覚えもないのに、とも思う。さすがにそれは言えないけれど。

「ごめん。アリサ、行こうか」

「はい」

 助かったのは、ロバスが自主的に歴史研究部に行く気になってくれたこと。

 もっとも、ロバスも次期公爵と次期侯爵の怒りを買ったことは理解していて、何とかしなくちゃとは思っているらしい。

 部室に入ると、既に先輩たちが全員揃っていて、私もロバスも青くなった。空気がピリピリとしている。

 どんなふうに、何をするのか私はわからなかったのだけれど、椅子は丸く輪になるように並べられていて、私とロバスは並んで座った。

 ロバスの左隣はライアン・グルー。私の右隣は、ジェイク・カンダス。

 とりあえず、カンダスはそれほど怒っているようには見えないけれど、普段が穏やかな人なので顔に出ていないだけかもしれない。ルークは氷の貴公子の名にふさわしく、冷たい無表情。全体的にしんと静まり返っていて、重苦しいのだけれど、ひとりライアン・グルーだけが陽気な笑みを浮かべていた。

「それでは、一人ずつ、面白いと思う時代や事件の話をしていくことにしよう。まずは僕から」

 カンダスが辺りを見回して、話し始める。

 その後、部員一人ずつ、歴史について面白いと思っているポイントを語っていった。正直に言って、ものすごく楽しかった。

 最初こそ緊張していたけれど、途中から質問なんかもした。

 特に、二年生のカーナル・ブリザンの家具の文化史は、今まで気に留めたことのない歴史で、前のめりで聞いてしまった。

 ロバスも、ルークの話した『イクセルヌ橋の戦い』の話は相当に興味を引かれたらしい。

 先輩たちが語り終えるころには、ロバスの目も輝いていた。

「さて。ラーズリ君。今日の感想は?」

 ニコリとカンダスが笑う。

「はい。私が間違っていました。今まで退屈だと思っていたのは、知ろうとしなかったからだとわかりました。つまらないなどと言って、本当に申し訳ございません」

 立ち上がって、頭を下げるロバスは、真剣そのものだ。

「私は陸上部ですので、掛け持ちは無理ですけれど、お話をまた拝聴できますでしょうか?」

「そうだねえ。どうしようか」

 カンダスが周囲を見回す。

「私は良いと思います」

 答えたのは、副部長のリンダ・メイシンだ。

「私たちはこれまで、入ってきたひとは全て歴史に興味がないといけないと思い込んでいました。今思えば、面白さを伝えていれば、やめなかった子たちもいたかもしれません」

 たとえ動機がどうであれ、面白ければみな続ける。面白さを伝えようとする努力は、ある程度は必要なのかもしれない。もちろん、歩み寄りにも限界はあると思うけれど。

「そうかもね。リンダの言うとおりだと僕も思う。ルーク、君はどう思う?」

「まあ、そうだな。とりあえず今日は楽しかったし、いいんじゃないか? 見学に来るなら、月一度の討論日に来るといい」

 ルークの口角が上がる。

「ありがとうございます」

 ロバスが再び頭を下げる。

 私もホッとした。

「トラウ嬢、今回は僕たちも勉強になった。本当にありがとう」

 にこやかにカンダスが微笑む。

「い、いえ。その。生意気を申し上げまして、すみませんでした」

 思わず立ち上がって、頭を下げた。

 今回はたまたまうまく行ったけれど、話を聞いてやっぱりロバスがつまらないと感じる可能性だってあった。もちろん、全てを知ったうえで、つまらないと感じる場合は、仕方ないとお互いに納得するしかないのだけれど、円満に治まるとは限らない。

「いや。トラウ嬢が謝ることはない。俺たちは研究することに夢中になりすぎていた。それが誇りでもあったが、確かに周囲の理解など得ようとは思っていなかった。そんな状態でつまらないと言われても、ある意味仕方がなかったのかもしれない」

 ルークは苦笑する。

「とはいえ他人の趣味嗜好を無視して、あまつさえその趣味を侮辱した、ラーズリ、お前の無神経さは危険だ。平民のトラウ嬢があの場に一人しかいなかったら、抵抗できなかっただろう。つまりお前の望み通りになったかもしれないがね」

「……すみません」

 話の矛先が自分に戻ってきて、ロバスの顔がまた青ざめた。

「ルーク、もういじめてやるな。十分に肝は冷えただろう」

 くすくすとカンダスが笑う。

「貴重な新入部員を持っていかれそうになったのですから、仕方ないですよ」

 メイシンが指摘する。

「ルークさまと関わりなく、女性が入ってくるなんて、ですからね」

「そういうことだ」

 頷くルーク。つまり、たぶん。

 つまらないと言われた件は許せても、廃部の危険のある部から、部員を引き抜こうとされたことは納得がいってないということなのかもしれない。

「そこまで廃部が怖いなら、ルークが部活紹介すればよかったのに」

 カンダスがため息をつく。

「何言ってるんだ。トラウ嬢は、ジェイクが部活紹介をしたから入ったんだぞ」

「……そうなの?」

 カンダスが首を傾げながら私を見る。

「あの。えっと。そうですけれど、そういう意味ではなくてですね」

 顔に熱が集まる。

「へえ。それは光栄だなあ」

 カンダスは嬉しそうだ。

「えー、そうなの? 部長よりぼくにしない?」

 にこにことライアン・グルーが話に加わる。

「あの……私で遊ばないでください」

 私は思わず口を尖らす。もちろんみんな本気で言っているわけではないことくらいわかっている。わかっているけれど、どう返事するのが正解なのかは、全然わからない。

「仕方がないわ。可愛い女の子の新入部員ですもの。少しぐらい我慢してね」

 メイシンが笑う。

 部室に入った時の緊張感はもうどこにもなくて、柔らかな空気だ。

 ひょっとして歓迎されているのかもと思ったら、胸が少し熱くなった。


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