四季の国
茶ノ丸
第1話
紫陽花が咲いている。
延々と降り続ける雪を雨とでも勘違いしたのだろうか。それとも狂い咲きの花か。それにしてはやけに数が多い。目につく限り全ての紫陽花が狂い咲く姿は、青白く血色の悪い女がおしろいを塗りたくったかのような不気味さを醸しだしている。
「もし、そこの方。この国では冬に紫陽花が咲くというのが通常なのですか?」
ちょうどすれ違った唐紅の番傘を差した男に、紫陽花を指さしながら尋ねる。男はいきなりの問いに整った顔に怪訝な表情を浮かべ、品定めするかのようにこちらの上から下までを目でなぞる。そうして指が示す先の紫陽花に目を遣りながら、
「ああ、そうですね。この国では通常のことです。別に驚くことでもないですよ」
そう答えた。
「驚くことではないって、普通は紫陽花っていうのは梅雨の花でしょう。それが冬に咲いている。しかも、あんなに青々としているときたら、それはもう可笑しなことでしょう?」
「そんなこと言われましてもねぇ……なにせこの国では冬に紫陽花があれば、向日葵もありますし、夏でも山茶花が咲くということだってあります。しかも僕らにとっては小さいころからそれが普通だったんですから、それを今更可笑しいとも思いませんよ」
男はそう言って、サクサクと音を鳴らしながら歩いて行ってしまった。
思えば、通ってきた道にあった木々には甘い香りの白い花が咲いていたが、あの男の言うことが本当ならば、あれは梔子の花だったのだろうか。
しかし、どう考えてもやはりおかしい。梔子は夏の花であって、しかも寒さに弱い花だ。雪が降るような時期に咲いていていいような花ではない。
せめて、もう一人、二人くらいには確認すべきだろうと、そう考え、あの男と同じように、されどもあの男とは反対の方向に、雪を鳴らしながら歩きだす。
雪道を十分ほど歩いただろうか。道の向こうから着物姿の女が歩いてくるのが見えた。その女は雪が降っているのに傘を差しておらず、不思議なことに顔に無地の布を垂らしている。
真っ白な布に隠され、その顔をみることはできない。そういえば、あの男は随分と美形だったなぁと思い返しながら、
「もし、そこの方。先ほど道に紫陽花が咲いていたのですが、この国では冬に紫陽花が咲くというのが通常なのですか?」
と、あの男にした質問をこの女にもしてみる。
女は男と同様、すぐには質問に答えなかった。その何も描かれていない、顔を隠すためだけの布作面がこちらをじっと見つめる姿からは、何の情報も得られず、異世界にでも迷い込んだような気味の悪さだった。
「そうですね……通常といえば通常ですかね。なにせ紫陽花になる人は結構多いですから。あぁ、でも白い紫陽花になる人は珍しいですから、それだけは通常とは言えないかもですね」
女は数秒がたってから、何でもないことのようにそう答えた。
「紫陽花になる?それはいったいどういうことなのですか?」
「どうと言われましても、そのままの意味ですわよ。この国では人は死ぬと花木になるんです」
女の口からでた言葉がすぐには理解できず、は?と声が漏れる。そんな馬鹿げたことがあるはずがない。
しかし、さっきの男もこの女も道で話しかけてきた人間を相手に嘘をつく理由がないだろう。もしも彼らの言うことが事実だとすれば、なんとも奇妙な話だ。
「人が花木に?そんな馬鹿なことがありますか。人は死んだら骨になるだけですよ」
その言葉を聞いた女は、あぁそういうことですか、と独りごちてから
「貴方は旅人さんですね。それならわからないのも当然だわ。でしたら百聞は一見に如かず、実際にご覧になった方がいいでしょう。ちょうどこれから街のほうへ向かう予定でしたから、一緒に行きましょうか」
そう言って女は歩き出した。旅人は女についていくか否か迷ったが、人が花木になるなどということが事実ならば見てみたいという好奇心を抑えることができず、女についていくことにした。
道にはやはり、紫陽花が咲き乱れていた。
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