第24話 ライオンだって尻尾は振る

 ホルガーが反対する中、町娘が履く様な実用性のある靴を購入した。


 次いで、私達は街に馴染むべく、グレードダウンした服を購入しに次の店に移動する。何枚か試着し購入すると、レオンは「服で人間変わるものだな。これで正真正銘の町娘だ」と微妙な意見を述べ、ホルガーは「ナタは何を着ても可愛いね」とベタ褒めしてくれた。


 両極端な二人だ。


 ついでにホルガーもシンプルな町人が着る服を買ったが、レオンと同様、その気品までは隠し通せていなかった。狡いぞ、イケメン効果。少し位、その効果を分けてほしい。


 いずれ誰かと野合やごうをするにしても、まずは相手を見つけなければならないならば、私にもある程度色気というものがなければお話にならないのは、自明の理。

 

 私は少し悲しい思いで、自分の少々物足りない胸を見下ろした。アルフレッド対策で痩せた所為で、元々悲しかったレベルのものが更に減ってしまったので、やはりもう少し太らなければならないだろう。


 私は決意を新たにした。これからは、油モノも積極的に摂取していこう。


 エプロンも汚れてしまったし卵の残りもあと僅かということで、今日は一旦戻って荷物を回収したら解散しようと提案した途端、レオンが私の腕を掴んで歩いていた私を引き止めた。


 ホルガーはそれに気付かず、先に進んでいってしまっている。ホルガーのこういうところが、今ひとつ足りない部分だ。警戒心が足りないというか、ちょっと残念なポイントである。手を繋ぐことを断固拒否したからなのだが、でも私を置いていくな、我が従兄弟よ。


「なあ、明日も来るんだよな?」


 ライオンの垂れた耳と、しょんぼり振られる尻尾が見えた気がした。


「い、いくわよ、当然でしょ」


 急にしおらしくされると、正直やりにくい。こいつは、生意気なことを言って私をイライラさせる位が丁度いいのに。


 大人の、しかもワイルドな雰囲気の男が、首を傾げてささやく様に言う。


「また、何か作ってくれるか?」

「ああ、卵料理のこと?」


 平常心を装い私がそう聞くと、レオンがこくこくと頷いた。道行く人々が、私達を邪魔そうに避けていく。


「また何かうまいのを作ってくれよ。それで、ホルガーの奴はむかつくが、ああやってわいわい食べるのは、まあ純粋に楽しかったから。――だから、また一緒に食いたい」

「……ごはんは、いつも一人なの?」


 私の質問に、レオンはこくりと頷いた。あ、ホルガーがようやく気付いて引き返してきた。あの焦った顔。ちょっと怒ってる風にも見えるから、レオンと喧嘩をしない様に言い聞かせないと。


「国では、給仕係は控えてるが、基本一人だな。お前の国に来ても、部下の奴らには近付くなって言ってあるから会うのは報告と連絡の時くらいだし、食事は基本いつも一人だ」

「……部下?」

「あ」


 喋り過ぎたと思ったのだろう、レオンが口元に人差し指を当てると、いたずらっ子の様に笑った。


「内緒だった」


 私よ。よく鼻血を出さなかった。褒めてつかわそう。


 それ位、レオンの何気ない仕草は垂涎すいぜんモノだった。正直に言おう。このギャップは、やばい。これだけむかつく相手なのに、私でもやばいと思った。


 だから、思った。あまり近付き過ぎないようにしよう、と。


 叶わない想いなど、ただ苦しくなるだけなのだから。だったらそんなもの、始めからない方が、いい。



 名残惜なごりおしそうなレオンに少々後ろ髪を引かれつつ、私とホルガーはレオン宅を後にした。先程気付かずに先に行ってしまったことが余程嫌だったのだろう、ホルガーは今度は私が拒否をしても手を握って離そうとはしなかった。


 夕焼けの中、街を出て屋敷へと歩いて帰る。


「ナタ、今日は楽しかったか?」


 ホルガーの顔が、夕日で逆光になっていて表情が見えない。だから私は、ホルガーを見るのをやめて、前を見た。


「心底楽しかったわよ。付き合ってくれて、ホルガーにはとても感謝しているわ」

「俺はナタに付き合ってるつもりはないよ。だから気を遣わなくていい」


 そう言って、はは、と笑うホルガーのこの気遣い。私は涙がにじみそうになった。本当に出来た従兄弟だ。こいつの爪の垢を煎じて、レオンの奴に飲ませてやりたい。まあ、あれはあれで、思ったよりもいい奴だったけど。


「でもねえホルガー、私の趣味に付き合ってたら、貴方まで婚期を逃しちゃうわよ? 私も頑張って早くマヨネーズを完成させるけど、いつまでも貴方まで王都を離れてシラウス避暑地にいる訳にもいかないでしょうに」


 私が笑みを浮かべながらそう言うと、ホルガーは何も言わずに私の手を強く握った。


 何故、何も言わない。いつものホルガーは、どこへ行った。私がむずむずしてこの沈黙に耐えていると、ようやくホルガーがぽつりと言葉を発した。


「……アルフレッドのことは、もう忘れちまえって」

「ちょっとホルガー? 何言ってんのよ、私は別にアルフレッドなんて元々……」

「早く元気になって。今はそれだけでいいから」

「……え?」


 逆光の、ホルガーの横顔を見上げる。何だか懐かしさを覚える茜色が、ホルガーの輪郭にける様に沿って、見惚れる程綺麗だった。


 だから、私もそれ以上は何も言わなかった。

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