美奈子ちゃんの憂鬱 怪談話はお好きですか?

綿屋伊織

第1話

「オバケが出る?」


 バカじゃないかしら。この子。という顔で、美奈子は話しかけてきた相手を見つめ返した。


 「だってぇ!昨日さ、警備員のおじさんが見たって!」


 興奮気味に話しているのは、美奈子と同じ報道部の部員。未亜だ。


 ただ、彼女の場合、「報道」=「ゴシップ」。可愛らしい外見と裏腹に、校内のこうした話題の生き字引とさえいわれる。好意的に言えば好奇心の固まりみたいな子。関心をもったものにはとことんつきまとう。


 だから、こういう話には関心が強い。


 「……あのねぇ。”幽霊の正体見たり”ってことわざだってある通り、この世界にオバケなんていないのよ。バカバカしい」


 「だってぇ」


 話にのってこないので不満そうに口をとがらせる未亜。美奈子はもうこれ以上つきあいきれないという顔で、視線を手にしていた文庫本に落とした。


 「信じない」


 「こ、これで5件目だよ?今月だけで!しかも全部七不思議の場所で!」


 「”出る”っていう先入観が見せているだけよ。いないものはいないの」


 「……じゃぁ、証明してよ」


 「はぁ?」


 「”いないいない”っていうならさ。美奈子ちゃん、”いない”って証明してほしいなぁ」


 絶対下心があるに違いない眼差しをあえて無視して美奈子は言い返そうとして言葉につまった。


 確かに、”いるかどうかわからないもの”を”いる”ということも出来れば”いない”と言うことも出来る。


 問題は、それをどうやって証明してのけるか。


 そういうことだ。


 美奈子は、その方法がとっさには思いつかなかった。


 そして、未亜は美奈子が、”それ”が出来ないことを知っていた。


 「未亜、あんたが”いる”っていうけど、それ、証明できるの?出来ないでしょ?じゃ、私が”いない”っていっても証明できなくても」


 「”いる”かもしれないし、”いない”かもしれないよ?」


 未亜は一気にたたみ込みにかかる。


 「?」


 「つまりぃ」


 未亜は強引に美奈子の手をとって、顔を近づけてきた。


 「幽霊話の真相、つきとめてほしいの!!」


 拒否することを予想していたのだろう。未亜が新聞を美奈子に突きつけてきた。


 今日、というか、ついさっき発行されたばかりの校内新聞。


 未亜が指さす先の記事は


 『次回予告!


  校内で頻発する幽霊目撃談!


  明光学園七不思議の謎とは!?


  その真相を突き止めるべく、報道部は立ち上がった!


  報道部の若きエース1−A桜井美奈子の調査を待て!』


 「というわけでよろしく。記事は木曜日のお昼までにお願いね(はぁと)」


 「ちょっとぉ!」


 未亜のあまりの強引さに席を蹴った美奈子だが、返事を聞くまいとする未亜の姿はすでにどこかに消えていた。



 翌日。


 「−ふぅん」


 「美奈子ちゃん。できないものはできないって、はっきり言ってしまった方がいいと思いますよ?」


 「それが出来れば苦労しないのよぉ」


 美奈子はクラスメートに経緯を話した後、そう言ってアタマを抱えた。


 「報道部には、有言実行の鉄則があってね?こうやって宣言しちゃった以上、調べて報道しなくちゃいけないのよ」


 「でも、もうほとんどこの記事で調べがついてる気がするけど」


 渡された新聞を、美奈子は興味がないといわんばかりに脇に押しやった。


 「未亜が求めているのは、”正体”。”何が起きたか”じゃないわ」


 「美奈子ちゃんが言ってるわけじゃないのに」


 「名前出した以上、私が宣言してる扱いなのよぉ」


 「−で?どうするの?」


 「未亜が先生にねじ込んで、今夜、私が校内を見て回ることになってるの」


 「ご苦労さま」


 「ほんとうですねぇ」


 そう言って、のんきにお茶を飲んでいる二人を美奈子は心底恨めしいという顔でにらんだ。


 「少しは助けてあげるとかってないの!?」


 「助けてほしい?」


 クラスメートの一人、どう見ても女の子という外見の男子生徒の言葉に、そう聞かれた美奈子はついにキレた。


 「当然でしょ!?真っ暗闇の中、女の子一人にそんなことさせる気!?」


 「確かに、それはよくないかも」


 もう一人のクラスメートがそう言って小首をかしげた。


 芸能界のトップアイドルはそういうちょっとした仕草でも十分絵になった。


 「水瀬君、お願いできますか?」


 「いいよ。一緒にいってあげる」


 「あら?でも−」


 綾乃は、ふと思いついて一人ごちた。


 (うちって、七不思議なんてあったかしら?)




夜 正門前



 夜の校舎って、好きな人なんているんだろうか。


 いるとしたら、その人は絶対ヘンだ。



 用務員室で許可を確認して、下駄箱から校内へ入る。


 「……」


 騒がしい昼間とうってかわって、静寂が支配する世界。


 自分達の足音だけが奇妙に響くだけ。


 はっきりいって”怖い” 



 勢いだけできてしまった美奈子は、未亜の策略に乗ってしまった自分を真剣に後悔していた。


 今度未亜に会ったら、絶対シメる。


 それはアカシックレコードに書かれた定められた人類不変の運命だと美奈子は断定した。



 あのバカのせいで


 何があるかわからないこんなところに。


 誰か悪い人がいるのかもしれないこんな時間に。


 犯罪に巻き込まれるかもしれないこんな状況に。


 私は連れてこられた。


 何かあったらバケてでてやる。


 そしたら、私は校内のオバケの仲間入り?


 ううっ。だめだ。


 次々と悪い方向に考えがいってしまう。



 私、もしかしたら−。


  怖い目に遭う?


   ヒドイ目に遭う?


    私は無事で済む?


     もしかしたら、


      もしかしたら−。



 真剣に自分の最後まで覚悟しつつあった美奈子の横から


 「ふぁあああああ〜っ」


 気の抜けたあくびがして、美奈子は思わずつんのめった。


 緊迫感はどこかへ旅立ってしまったらしい。


 もう二度と出会えないかもしれない。


 あの映画のワンシーンのように、戻ってきてと叫ぶべきかもしれない。


 シチュエーションがシチュエーションだけに、戻ってくる素振りをみせたら「やっぱうそ!」って丁重にお断りすべきだろうが。


 「……」


 「?」


 雰囲気を壊された美奈子が横にいるクラスメートをにらむ。


 「水瀬君。お気楽ね」


 「そう?」


 背はかなり低い。150センチない。男の子と説明されても、10人中9人は納得しないだろうほどの凄まじくかわいらしい外見。ボブカットにちかい銀髪の下で、いかにも眠いという顔をしているのが、美奈子に同行している水瀬悠理だ。


 これでも魔法騎士だというから、美奈子は世の中が時々信じられなくなる。


 けど、今までの経験から、水瀬は外見とは全く裏腹に、腕はかなり立つ。と美奈子は信じている。


 肝心の水瀬は、たいした興味もないという顔で言った。


 「”いない”ことを証明するだけでしょ?だったら、ただ、校内一周して、”行ったけど見つけることが出来ませんでした”っていえばいいだけじゃない」


 「そりゃそうだけど」


 「遭遇場所、聞いてるんでしょ?さっさと終わらせよ」


 「そうね」


 美奈子はポケットからPDAを取りだして未亜からの情報に目を通す。


 電子の光が暗闇に慣れた目に奇妙に暖かかった。


 「まず最初は、音楽室。ピアノが独りでになりだして、壁にかかったベートーベンの目が動き出して−」


 「帰る」


 きびすを返す水瀬を美奈子はあわてて抱き留めた。


 「ち、ちょっと!私を置いていかないで!」


 「……何、その小学校の七不思議みたいなの」


 「し、しょうがないじゃない!そういう目撃情報があったっていうんだもの!」


 「僕たち……バカにされてない?」


 「かなりそう思う」 





 深夜の音楽室−。



 真っ暗闇を手にした懐中電灯が弱々しく引き裂く中、美奈子は水瀬の背後に立ち、強く水瀬のウィンドブレーカーの袖を握りしめていた。


 転ばないように、水瀬から離れないように、そして、壁のベートーベンの肖像が絶対視界に入らないように気をつけて。


 「ね、ねぇ、水瀬君?」


 「何?」


 「なっ、何もいないわよ…ね?ね?」


 「うん」


 水瀬は、美奈子を無視するように、教室に入ると、あたりを懐中電灯で照らしながら、教壇の脇に据えられたグランドピアノの前で止まった。


 「へ、ヘンなオバケもい、いないし……ね?」


 「オバケ、いないっていってなかった?」


 「み、未亜にはそういったわよ?で、でも、こういう所に来ると、ホラ、やっぱり、ね?」


 美奈子は、自分でも声が震えているのがわかっていたが、わかったから止められる程、器用ではない。


 「ふぅん」


 美奈子の”オバケなんていない”とは、何のことはない、”オバケなんていなければいい”の略であり、オバケを否定するのは、単なる恐怖の裏返しにすぎない。


 それは、読書好きな美奈子が絶対読まないジャンルの本は”怪談話”で、絶対見ない映画のジャンルは”ホラー”だといえばわかるだろう。


 美奈子にとって、今の状況は、ホラー映画を立て続けに見させられているのと何らかわりはなかった。



 「つ、次行きましょ?次!」


 握っていた袖をぐっとひっぱるが、水瀬はなぜか動こうとはしなかった。


 「み、水瀬君?」


 「……」


 じっとピアノを見つめていた水瀬が、不意に腕時計に目をやり、つぶやいた。


 「あと、8……5……」


 「み、水瀬君!?」


 「1」



 ポロン……


 突然、音楽室にピアノの演奏が鳴り響いた。



 「−ひっ!!」


 美奈子は、声にならない悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまう。



 音楽室に鳴り響くピアノの音は、どこかもの悲しく、そして陰鬱。


 耳をふさいでも聞こえてくる音に、美奈子の恐怖感はいやでも刺激される。



 「大丈夫?」


 懐中電灯の明かりに照らされて、美奈子はようやく我にかえることが出来た。


 「どっ、どういうこと?これって」


 「簡単」


 そういって、水瀬はピアノの端を指さした。


 「え?」


 ピアノの端にぼんやりと浮かび上がるのは、時計と曲名。


 「くわしくないけど、時間がくると自動的に演奏する機能がついたピアノだから、誰かがイタズラしていたんじゃない?」


 ”停止”ボタンを押すと、音楽室は入ってきた時と同じ、静寂に包まれた世界に戻った。


 「じ、じゃぁ、ベートーベンは」


 「光の加減で目が動くように見えるだけだよ。ほら」


 水瀬が懐中電灯で照らし出した先には、ベートーベンの肖像画があった。


 確かに、光の当たりかたで、目線がずれるように見える。


 「結構、単純なオチなんだけどね」


 水瀬は、美奈子が見ていると思って、ベートーベンの肖像画をから視線を離さず、懐中電灯を当てる角度を変えた。


 美奈子自身は視線に入っていない。


 「みなせくん」


 「何?」


 「あのさ」


 感情を忘れたような、平坦な声色に、この時、水瀬は気づかなかった。


 「うん」


 「壁から女の人が出てくるってのも、光の加減?」


 「え?」


 振り返った水瀬の視線の先には、何故か口元を袖で覆う、凄まじい形相の女性がいた。



 そして、ありえないことに、その足は宙に浮いていた。



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