チーム -2-

 高速道路のパーキングエリア内で途中仮眠を挟み、ミミサキ市内に到着したのは、翌日の昼前。俺はそこからファミリーレストランに入り、朝食兼昼食をのんびりととった。

 ヴィンスと離れてからめっきり食欲が失せていたが、助けに行くと決めてから、また普通に食べられるようになった。体は正直だ。

 本来ならばもうすでに本庁での勤務が始まっている時間であり、かつ俺は拳銃を持ち出したままだ。しかし、俺の携帯電話が鳴る気配はない。おそらく、シンさんが上手いこと誤魔化してくれているのだろう。

 腹を満たし、休憩を終えた俺はファミリーレストランから出ると、ホセの家へと向かう。徒歩で向かった緑道側からではなく、大回りをして、外側の車道から舗装されていない道を進んでいくことになったが、無事に到着した。道端に車を停める。

 この辺りの土地勘が身についたのも、捜査の中でノラの案内があったおかげだ。

 車を降りると、そこにはすでに、ノラの姿があった。彼女は相変わらず似合わないスーツ姿で、コートは着ていない。今日のミミサキ市はかなり暖かく、俺もコートは車の中に置いてきていた。

「お疲れ様です、ユージさん」

 そんな気持ちの良い言葉と共に敬礼をされて、敬礼を返しながら思わず笑いが漏れる。

「お疲れ様、ノラ。久しぶり……ではないかな。署の方には何て言ってきているんだ?」

「今日は午後休にしてしまいました。ミミサキ市内は相変わらず平和です」

「そうか。ホセは畑にはいないみたいだな。家に行こう」

 呼び鈴のない玄関口に立ち、すりガラス張りの引き戸を軽く叩く。ガシャンガシャンという、わりと派手な音が響いた。

 中から人の動く気配がした。

「ホセさんすみません、先日お話を伺った警察です」

 そう中へ向かって声をかけると、引き戸が中から開かれ、ホセが現れた。先日見た時と同じように、皺の深い顔に不機嫌そうな表情を浮かべている。

「またお前らか。リリちゃんは帰ってきたって聞いたぞ。一体何の用だ」

「本日は別件でお伺いしました。先日ホセさんが仰っていた『神様』と『電気』の関係について」

 この周辺には他に民家もなければ人の気配もしないが、声を潜める。そんな俺の様子に、ホセは片眉を上げた。

「中でお話をさせてもらえませんか」

 問いかけると、彼は俺の顔を見て、少し逡巡した。

「お前ら、まずは自分について名乗らんか」

「俺はツキ・ユージ、彼女はサクナ・ノラです」

 俺は斜め後ろに立っていたノラの分まで紹介する。と、ホセはノラの名前を聞いて、少しだけ表情を変える。意外そう、と形容するのが一番正しいような気がする。

 ノラの名前に何があるのかはわからないままだが、彼は戸を開けたまま、再び中へと入っていった。

「入れ」

 荒っぽい招きに応じてノラと共に後を追うと、通されたのは先日も入った居間だった。卓袱台の上には、食事を食べ終えた後らしき食器と、新聞紙が広げられている。

「それで、話ってのは何だ」

 ホセは、彼のいつもの居場所らしい座布団の上に腰を下ろす。促されたが客用の座布団などというものはなく、俺とノラは、そのまま板敷きの床の上に座った。

「単刀直入に伺います。ホセさんは、ヴィンスと知り合いですか」

「ヴィンス?」

 俺が直球で問いかけるが、ホセは不思議そうにしながら首を振った。その様子には、嘘をついていそうなところはない。

「では、どうして電気が神の力だということを知っていたんですか」

 今度問いかけたのはノラの方だ。

 ホセは不思議そうに見返してくる。いたって普通の態度だが、その眼差しの鋭さは、俺とノラの様子を確かめているようだ。

「なんで急にそんなことを聞いてくる。この間は俺の言うことなんか、全く興味なさそうな顔をしとったやろ」

 すぐに答えようとはしないのが、ホセの先日の発言が、ただの世迷い言ではない証左のような気がした。彼は明らかに、俺達を警戒している。俺はノラと視線を交わした後、腹をくくって話し始める。

「俺とノラは世界の真実を……電気が、政府に囚われた神によって生み出されていることを知っています。そして、その神の中の一人を助けたいと思っています。神救出の手がかりになればと思い、こうしてホセさんを訪ねました。どうして、神のことを知っているんですか?」

 そこまでを一気に語った俺に、ホセは今度こそ驚いたように息を呑んだ。目を瞬き、少しばかり思案した後、片肘を卓袱台に乗せて、俺を見据える。

「それは大変なことやぞ」

「承知の上です」

 鋭い眼差しを正面から受け止め返すと、そこに籠もった確かな決意を感じたのか、ホセはようやく納得したようだ。

「そうか。俺が神様のことを知ったのはな、神様同士の通信を聞いたからだ」

「神の通信って、まさか電気を通じて行われているやつですか? 一体どうしてホセさんにそんな能力が……普通の人間ですよね?」

 勢い込んで尋ねたが、ホセは「違う、違う」と顔の前で大きく手を振った。

「この耳で通信が聞ける訳じゃあない。電池や発電機からのじゃなく、発電所から供給されてとる電気に含まれる、特異なノイズに気づいて、研究したのよ。電気に含まれるノイズを何度も増幅させ、その時々で変わる一定の周波数を与えて歪ませてやると、驚くことに言語に変換された。その通信を傍受し続けて、俺はこの世界の様々な裏側を知ったのよ」

 ホセの口から語られたのは、厭世的な生活を送っている男から出てくるとは、とても思えない台詞だった。

「まさか、それで電気を使わない生活をするように?」

「人間に様々なものをくれた神様を、犠牲にしながら成り立っている世界に、ほとほと嫌気がさしたのよ。けども、そのことを公にすれば、俺も命はないことくらいはわかっとった。だから、自分だけでも手を汚さないように暮らすことを決めてな。定年退職が間近なのもあったが」

 その言葉に、少し後ろに座っていたノラが、俯いたのが見えた。

自分が普段使っている電気が、誰かの犠牲の上に提供されると知ったら、多くの者は心が痛む。ノラだってそうだろう。しかし、だからといってその便利さを手放せる人間は少ない。

「どうしてその話を、あの時俺達にしてくれたんですか?」

「こんなジジイの与太話なんざ、誰も真に受けん。実際お前らもそうだっただろうが。逆にお前らは、なんでその事実を知り、神様を助けたいなんて思ったんや?」

 逆に問いかけられ、俺は今までの、ミミサキ市で起こっていた誘拐事件が、ホセが言ったように神様の仕業だったこと、その理由。そして、俺とノラがヴィンスと過ごした日々のことを話した。

「それで、ヴィンスが今どこにいるのか、その情報が欲しいんです」

 説明の最後をそう締めくくると、頷きながら話を聞いていたホセは、少し考えるように顎に手をあてた。

「俺が神様同士の通信を聞いとったのは、もう何年も前だからな、さすがにそこまでは知らんが。今通信を聞けば、きっとその情報も交換されているだろうよ。神様達は意外とお喋りでな」

「今でも通信の傍受はできるんですか?」

 ホセは頷き、そして、何故だか楽しそうにニヤリと笑う。

「お前らミミサキ署にいるんだろう。特殊犯捜査係のシマのことは知っとるか?」

「シマって……シマ・サイチ?」

「そうよ。連絡取れるか?」

 俺は促されるままに携帯電話でサイチを呼び出すと、通話をスピーカーモードにして、そのままホセに手渡した。

 呼び出し音が途切れ、サイチの声が聞こえてくる。

『あんたからまた電話があるなんて、嫌な予感しかしないんだが、何の用だ』

 サイチの方には、俺の電話番号が表示されているだろうから、当然の反応だ。

「開口一番嫌味とは、シマ元気そうだな。俺だ、ホセだ」

 ホセが相変わらずの低い声で応える。すると、サイチがぴたりと動きを止めた。もちろんこちらから姿は見えないのだが、彼の困惑する様子が、電話口からも伝わってくるようで。

 しばらくの沈黙。

『……ホセさん? 何でホセさんがユージの電話からかけてくるんですか』

 あの、ニシキ課長にさえも、俺に対するのと同じような態度をとるサイチが、敬語である。

「説明は後でしちゃる。お前、俺がオフィスに残してった、微細ノイズ分析器わかるか。まだあるだろ」

『はい、あります』

「今日仕事終わったら、それ持って俺の家に来い。家の場所はわかるな?」

 説明の一切ないホセの要求に対し、ひねくれ者のサイチの返事は、全て即答でYESだった。サイチがここへ来ると約束したのは、就業時間終了直後の夜七時。

 あっという間に話を纏めると、ホセは通話を終わらせて、電話を返してくる。

 俺は呆気にとられながら、まじまじとホセの様子を見つめる。薄くなった頭、汚れてよれた服、顔に生えた無精髭。しかしその瞳は、妙に生き生きと輝いている。

「もしかして、サイチが言っていた前任者の爺さんって……」

「おう、二五年間にわたって、ミミサキ署の特殊犯捜査係をやっていたのは俺よ」

 ノラもまた、目を丸くしている。度肝を抜かれた俺達の様子がおかしかったのか、ホセはそれからしばらく、声をたてて笑っていた。

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