第51話 茶番劇 幕裏

 普通に記憶を覗くなら共鳴エンパスで大体の事は分かるが、本人が強く隠したいと思うような事までは視えない。


 より深くに隠された記憶を覗くなら接触思念伝達テレパスで記憶の引き出しを漁る事になる。


 当然、抵抗すればするほど強引に覗く事になるので、かかる手間に比例して相手のダメージは大きくなる。


 目の前で視線を中空に漂わせ、涎を垂らすこの男のように。


「なるほどね。まずはこの司祭だな」


 食堂へ戻ると注文した食事はまだ配膳されていなかった。


「ちょっとだけ外に出ますから先に食べててください。すぐ戻ります。ああ、俺の分、残しておいてくださいね」


 そう声を掛け、今度は店の入り口から外に出る。


「そういう訳にはいかないだろう。なら私も一緒に」


 と、慌ててアルスが外に出た時には、ジンは瞬間移動テレポートで消え失せていた。


 ジンを見失い路上で呆然とするアルスに入口からのそりと顔を出したマットが声を掛ける。


「あつが戻るって言ってるんだから気にするな。俺たちはここで待ってればすぐ帰ってくるさ」

「しかし、それでは護衛の意味が…」

「アルスさん、魔族を一人で倒せるかい?」

「そんな事が出来るわけないだろう」

「じゃあ付いて行っても意味が無いぞ。大人しく待ってるのが一番だ」


 そう言って店に戻るマットを見ながら、やりようのないアルスも苦々しい表情のまま渋々席に戻るしかなかった。




 ハゲたちに俺を攫うように指示した男は、フードの男の隠れ家で報告を待っていた。


 フードの男はハゲたちの仲間ではなく、万が一失敗しても指示系統を誤魔化すためにワンクッション入れる辺りが小悪党感満載だ。小賢しいんだよ。


「お待たせ。話を聞かせて」

「!誰だ貴さガッ」


 有無を言わせずアイアンクローを見舞い、記憶の海をかき回す。

 タラシオという名の司祭は一瞬で昏倒し白目を剥いて動かなくなった。


(ふん、こいつが親玉か。今、潰しちゃってもいいけど、それじゃあ他に伝わらないか。明日まで自由にさせた方が使えそうだな。言いたいこともあるし)


 考えを纏めた俺は司祭の顔を掴んだまま王都にほど近い郊外の森の中へ『移動』。


 森の中に掘った穴の底にはハゲと手下どもが怪我の痛みに呻きながら横たわっている。そこに司祭を放り込む。勿論、逃げないように足を折ってから。


 頭上から降ってきた司祭に潰された手下が何か言ってるが無視、無視。


(こいつらの回収は明日頼めば十分だろ。さて、飯だな。帰ろっと)


 俺は再び人気のない店の傍の路地裏へと『移動』した。


 



「お待ちください」


 声を上げたのは赤紫の修道衣を着て白い髭が特徴的ないかにも好々爺然とした人物。

 名をクリゾストモ司教。

 王国教会では大司教に次ぐ権力を持つナンバー2だそうだ。

 穏やかそうな見た目のおかげで民衆受けはいいようだが、実際の振る舞いを知る内部の人間からの評判は頗る悪い。

 人は見かけで判断できないよね。

 しかし、大司教が老齢で先が見えているのをいいことに、最近では教会内ではその専横な行いを隠すことなく権力を強めている。


 その思想は教会権力を絶対とする保守強行派。

 つまり伝統にしがみ付き、変わる事を嫌う頭の固い頑固ジジイだ。


「聞けばそこなる冒険者は適性鑑定でも何も出なかったばかりか偉大なスクラ教の信徒ですらないというではありませんか。そのような人物が女神の使徒様であるなど誰が信じましょう。そもそも、その神託自体が疑わしいのではないのですかな」


「クリゾストモ司教の言い分も尤も。サルバトーリ侯爵はどう思う」


 あっさりとイチャモンを認める宰相。

 こいつも教会利権にどっぷりと浸かった親教会派なのは調べが付いている。

 何しろ司教が司祭に命令を伝えた現場にしっかり同席している風景を視たからね。


 教会のナンバー2と国政のナンバー2がつるんだらそりゃ好き勝手出来るわな。

 この国、もう終わってるでしょ。


「はい。その件につきましては理由が御座います。彼は渡り人であると思われます。ならば鑑定結果がでなくとも仕方のない事ではないかと」

「馬鹿な!渡り人などタダの言い伝え。侯爵殿は夢でも見ているのか」


 司教が一笑に付そうととする中、大司教の目配せに王が頷く。


「渡り人はおるのだよクリゾストモ司教。王族と教会にもそう伝わっている。尤も教会では大司教にのみ伝えられている事なのだから司教が知らなくとも無理は無いがの」


 赤い僧服に身を包んだ老人がその口を開いた。

 あんまりにも動かないから人形かと思ったよ。


「!それは真ですか、大司教様」

「いかににも。本当の事だクリゾストモよ」

「……仮に、そう仮に渡り人の伝承が本当の事であったとしても、この男が渡り人である事にはなりません。しかも信徒でないにも関わらず女神様の使徒を名乗るなど不届き以外の何物でもありません。私はこの男に異端審問の申告をします」

「ふむ、確かに使徒が僭称であれば重罪。異端審問も必要か」


 宰相が司教の言葉を肯定しながらニヤリと笑った。

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