女神から天職を授かる

「ん? ……」

「なんだ……ここは」


 クラスメイト達40名はその場に立ち尽くしていた。そこは天国とも地獄ともいえるような、不可思議な空間であった。空もなければ大地もない、不可思議な空間。


「わ、私達……死んじゃったの?」

「って……事はここは天国って事?」


 突然の出来事であったが故に、生徒達は大変戸惑っていた。無理もない。


「三雲君……」

「んっ? どうかしたか?」

「こんな時でも三雲君、落ち着いているのね」


 だが、他の生徒達を尻目に落ち着き払っている来斗を見て、可憐は違和感を覚えていた。

 普通の状態であれば、ただの落ち着いている生徒だと言えるであろう。だが、今のような有事の時に平然としていられるというのは話が別だ。誰だって異常事態になれば心を掻き乱される。僅かな心の揺らぎすら感じさせない来斗の様子は可憐にとっては異様なものに感じられた。


「別に……そんな事ないさ。こう見えて俺だって内心穏やかではないんだ」

「……本当?」

「本当さ」


 まだ、可憐に本当の事を言うわけにはいかない。他の誰にも言う事はできない。その事がきっと、良くない影響を与える。今はまだ、来斗がこの世界に来るのが二回目だという事を伝えるべきではない。来斗はそう考えていた。


「……そう」


『ここは天国ではありません。ましてや地獄でもありません』


「な、なんだ! この声は!」


 生徒達が困惑していた時の事であった。その時の事であった。突如、美しい声と共に、一人の少女が姿を現す。妖艶な姿をした少女だ。見た目の年齢は若い。せいぜいが10代といった見た目にしか見えない。だが、作り物めいた肌、完璧なまでに整った造形はどことなく人間離れをしており、その奇妙な雰囲気からして、明らかに普通の人間ではないと思われた。


 突如現れた謎の人物。緊急事態ではあるが、生徒達も警戒をせざるを得ない。中にはただ震えているだけの者。そして、未だ目の前の光景を現実だと思えていないのだろう。どこか緊張感の欠けた、呆けた顔をした面々もまた存在していた。


「そう警戒する事はありません……私はあなた達の敵ではないのです。味方なのです」


 そう、妖艶な笑みを浮かべ、謎の少女は生徒達に語り掛けてきた。


「な、なんなんだよ! 一体! あんたは誰なんだ!」

「俺達はどうしてこんなところにいるんだ! あんたの仕業なのか!」


 少年たちが叫ぶ。いきなりの仕打ちに、それなりに鬱積が溜まっているのであろう。憤りを感じるのも無理のない話であった。


「順を追って、説明しましょう。私は女神です。偉大なるこの世界の神の代行者。そしてあなた達は偉大なる神に導かれ、元々いた世界から別の世界へといざなわれたのです」


 少女は自身を女神と名乗った。


「女神!?」

「ええ……女神です。あなた達をこの空間にいざなったのは私ではありません。偉大なる我が主である、神の御業なのです」


 女神は淡々と語る。


「ど、どういう事……三雲君。これは……夢じゃない」

「落ち着け……北城さん。彼女は言葉通り敵ではない。一応は俺達の味方といってもいい……少なくとも危害を加えようとすることはない」


 隣でうろたえている可憐を来斗は宥めた。


「そ、そうなんだ……で、でも何で三雲君がそんな事を」

「今はその事を詳しく話している場合じゃない」


「あなた達は元いた世界とは異なる世界。この『ユグドラシル』の世界にいざなわれたのです。この『ユグドラシル』は悪の存在により、滅びの危機に陥っております。悪の力は強大です。ですので、英雄である皆様の力をお借りしたく、神は皆様達を呼びつけたのです」


 女神は優しい微笑みを崩さず、戸惑う生徒達に語り掛ける。


「呼びつけたって……そんな簡単に」

「よくわかんないけど、元いた世界とは異なる世界で悪ものと闘えって事なの」

「いやよ……なんか、怖い化け物とかいるんでしょ。そんなのと普通の人間である私達が戦えるわけがないじゃない!」


「心配する気持ちは勿論わかります。ですが、それほど心配する事はありません。これから皆さまに力を授けます」


「力? ってどんな」

「皆様に天職を授けます。そしてその天職に応じた装備やアイテムもまた。天職とはこの世界に与えられる唯一無二の力です。強力な天職に就ければ、皆様の闘いは大変スムーズに進んでいく事でしょう」


 女神は光を放つ。魔法の光だ。天高く放たれた虹色の光は、天空で割れ、そして雨のようにして降り注いだ。そして生徒達を包み込んだのだ。


「うわ……なんだ、これは」

「な、何なのよ……一体。別に痛くもなんともないけど」

「うわ……なんだこれは。剣と盾がいつのまにか」

「わ、私には杖……こ、これって一体」


 女神の魔法により、生徒達の姿形が大きく変わってしまった。人間以外に成り代わった者はいないが、その服装が大きく変わってしまっている。まるでファンタジーの世界にいざなわれたかのようだ。


「『ステータスオープン』と心の中で念じてみてください。さすればあなた達のステータスを見る事ができます。そしてまた、他の方々のステータスを見る事もできます」


 女神に言われ、生徒達はステータスを確認し始める。


「勇希……お前のステータス、何なんだよ……よくわかんねぇけど、お前の天職って強いのか?」


 混乱しながらも状況を受け入れ始めた生徒達は、自分達の現状を確認し始めた。瀬戸勇希。彼はクラスの中心人物だ。容姿端麗で成績優秀。そしてサッカー部では一年生ながらエースとして活躍している。その上に人望も厚く、男女共に人気の高い生徒だ。彼の事は誰もが一目置いているし。そして、ゆくゆくは生徒会長になるのではないかと囁かれている。

 地味で目立たない、取り立てて何の変哲もないと思われている来斗とは対照的な生徒だ。まるで光と闇の関係のように。


「……わかんないよ。俺だってまだ何もわかってないんだ」


 クラスメイト達は勇希のステータスを除き見る。


============================


瀬戸勇希 16歳 男 レベル:1


天職:勇者


攻撃力:100


HP:100


防御力:100


素早さ:100


魔法力:100


魔法耐性:100


スキル:全属性適正大、全属性耐性大、成長上限突破、成長効率向上大、魔法適正大、魔法耐性大。体力自動回復中。自動蘇生。


装備。勇者の剣。攻撃力+100。勇者の鎧。防御力+100。勇者の盾、防御力+50。


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「こほん」


 女神は咳払いをする。この世界の事情に精通しているのは彼女しかいない。彼女以外に、物事を把握している者はいないのだ。無論、来斗は知っている。だが、その事を他のクラスメイト達は知らなかった。


「勇者という職業は『ユグドラシル』で一人しか就く事のできない、強力かつ希少な天職です。レベル1の段階でその高いステータスは破格のものです。大体、レベル1のステータスは10から始まるのが平均なのです。その10倍のステータス、その上

に強力なスキルや装備まで兼ね揃えています」

 

 女神は微笑み、そう、


「本当か!? すげーじゃねーか。勇希」


 周囲が囃し立てる。


「よせ……別に俺はまだ何かをしたわけじゃない。こんなもの運が良かっただけだ」


「勇者様だけではありません……他の方々も強力な天職に就かれていますよ……ふっふっふ。約一名を除いてですが」


 女神は淫靡な笑みを浮かべた。どこか意地悪そうな笑みだ。


「……誰だよ。その強力な天職に就いていない約一名って」


「私の口から申す事はできません……探してみてはいかがでしょうか?」


 そしてついに始まる。ここまでは前回と同じだった。来斗もまた、周囲の仲間と同じように、チート級の天職を授かった。そして、周囲の仲間達と同じように、慢心した。そして、そのまま最悪の結末を迎えるのだ。だが、今回は前回と違っていた事がある――それは。


「なんだ……見て見ろよ。三雲のこのステータス」

「なんだ……? なんか変なのか?」


 そしてついに見つかってしまったのだ。足手まといだとしか思えない天職に選ばれた一人を。


 それは勿論のように来斗の事であった。





 


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