暁の魔女レイシーは自由に生きたい ~魔王討伐を終えたので、のんびりお店を開きます~

雨傘ヒョウゴ

第1章

1 アステールの杖を握る

第1話


「魔王を倒した英雄達よ、その功績をたたえ、褒美を与えよう!」


 豪奢な椅子に座り、王は口元に笑いをたたえながら片手を向けた。王の言葉に、一人ひとり、願いを伝える。声高に、誇らしげに。

 その様子を、レイシーはただ静かに身の丈ほどの杖を抱きしめながら、ぼんやりと見つめていた。自身の番が近づく。問いかけられたから、答えた。


「何も」


 周囲は少しばかりざわついたが、それでも答えは変わらなかった。


「何も、ありません」



 ***



 命じられるままに生きてきた。

 雑踏の中を踏みしめ、歩く。人の多さには少しばかり慣れてきた。大きすぎる杖は邪魔だからいつもよりも半分ほどのサイズにしている。その程度はお手の物だ。


 歩いて、よたつく。なぜか人とぶつかる。レイシーは十五の年の割には小柄で痩せぎすだから、街の中を歩くのはあまり得意ではない。よく見れば可愛らしい顔をしているものの、深く被ったローブにすっかり隠れてしまっているし、どこか暗く、もとのよさまで隠れている。


「さあさあ、寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 国を救った勇者パーティーの姿絵だ! 鋼鉄の戦士、光の聖女、暁の魔女、そして――勇者様その人! 見てごらんよ、この凛々しい顔つき。家に飾れば縁起よし、見目もよし、今を逃すともう手に入れられないよ!」


 丁度レイシーが通り過ぎようとした店先だった。店主が姿絵を掲げて大声を出す。途端に、わあ! と背後の人々から期待に溢れた声が飛び出た。驚いて、杖を握りしめて丸くなる。このところ街で流行っているらしく、誰も彼もと手を伸ばす。特に、勇者一人の姿絵は飛ぶように売れていく。金髪の翠眼の伊達男。娘達は財布から少ない金を払って、きゃあきゃあと嬉しげに駆けていく。


 目の前で商売を始められてしまったものだから、逃げることすらもできず、レイシーはただ邪魔にならないようにと小さくなった。彼女を乗り越えるように手が伸ばされるものだから、おどおどと視線を見回す。


「暁の魔女をおくれ!」


 客の一人の言葉に、ぴくりと肩を震わせた。渡される絵の中の女性は、たっぷりとした赤髪を巻いた豪奢な女で、それは見事な金色の瞳をしている。着ている服も、露出が激しい。絵の中の彼女はそれがよく似合っている……が、レイシーはさらに杖を両手で握り、あわわと慌てた。


 レイシーの頭を乗り越えるように手を伸ばす男も、まさか彼女が暁の魔女だとは思うまい。死にそう、と呟いた声は現状だけではなく、過去も含めてである。実際のレイシーは赤髪ではなく、地味でありきたりな黒髪だし、瞳だってあそこまでしっかりとした金ではなくヘーゼル色だ。


 暁の魔女、という呼び名は旅の途中で、誰かが言い出したものだ。鋼鉄の戦士、光の聖女。街を越える度に、新たな呼び名が増えていく。その中で、レイシーが魔術を使う様を見て、誰かが言い出した言葉だった。


 腰まである黒髪をなびかせて、小柄な体で、身の丈ほどもある杖を抱えて繰り出す大規模な魔術はまるで夜が明けるようだ、と言い出されたものの、残念ながらあまりわかりやすい呼び名とはいえなかった。レイシーが、いつも深くローブのフードを被って目立つ仲間達の陰に隠れるようにしていた、ということもある。


 姿が見えない暁の魔女。暁というからには、きっと赤髪なのだろう、という想像からさらに本来の彼女とは遠くなり、羽ばたいた想像は大衆が好む姿にいつの間にか変わっていた。他の仲間達の姿絵は若干の差はあれどそう遠くはないはずなのに、レイシーだけがまるで別人である。だからこそ、気にすることなく街を歩くことができるというものなのだが。


 残り一枚、となったとき、レイシーは押しつぶされる前に自身の財布を取り出した。




 小さな体で大きな荷物を抱えて、レイシーは目当ての場所へ向かう。すると、見覚えのある青年が腕を組みながら宿屋の前に立っていた。遠目からでもよくわかるほどに背が高い。近づくと、声をかける前にあちらがレイシーに気がついたらしい。腕をほどき、「ああ」と顔を上げて、すぐに眉根を寄せる。


「…………レイシー、何を持ってるんだ?」


 両手いっぱいに抱え、ずり落ちそうになる度になんとか四苦八苦して持ってきたものだ。「みんなの、姿絵……」と伝えて、さらに落としそうになったところを片手であっさりと支えられた。レイシーはあまり人が得意ではないが、彼なら別だ。なぜなら、一年もの間、一緒に旅をしてきた仲間なのだから。


「ウェイン、ありがとう」


 ほんのわずかに口元を緩ませた。どういたしまして、と返答する青年の名はウェイン・シェルアニク。この国を救った、勇者その人であった。

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