親ガチャ失敗ホムンクルスちゃん~育児放棄したくせに私が最強に至る種だとわかった途端、父親面をしてももう遅い。とりあえず一発、その面を殴らせてもらいます~

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

第1話育児放棄されたホムンクルスちゃん

 コポコポと、泡の音が聞こえる。


 乳白色の液体の中で浮かびながら、私が生まれて初めて見た景色。それはニヤニヤと嗤いながらこちらを見下ろす創造主パパの顔だった。


 それから、どのくらいの月日が過ぎたのか。

 気がつけば私は、朽ち果てかけた研究室で目覚めていた。肌に触れる、空気の感触が新鮮だ。


 人の気配は一切ない。


「──誰もいませんか」


 脳裏をめぐる無数の知識。液体に浮かんでいる間に刷り込まれたもの。それをもとに、周囲を見回しながら私は初めて言葉を発してみる。

 喉がつかえることもなく、スムーズに話せた。


 長年、私を育んでくれた浴槽を完全に出る。浴槽中の液体は肌にまとわりつく事なく、一瞬で肌から流れ落ち、乾く。

 見ると、近くの床にはホコリまみれの荷物がいくつか──。


「くちゅん」


 くしゃみを一つ。

 私は置いてあった荷物を漁る。あったのは、服らしき布切れと四角い何か。

 そのズタ袋よりは少しまし、といった服をまず身につける。とはいっても、頭からかぶって着るだけだが。


「体温の保持には、役立ちそうです」


 それは刷り込まれた知識を元に、決めた行動。生まれて初めての決断だ。

 自分自身に確かめるように、ボソッと声に出してみる。


 私は次に、床に置かれた手のひらサイズの黒っぽい立方体を手に取る。

 ホコリで分かりにくいが、立方体には複雑に錬金術の紋様が刻まれている。


 錬金術師のパパの手によるものだろうか。よく見ると、知識にあるパパの錬金術の癖らしき部分がある。

 そっとその紋様部分に私が指を滑らせると、立方体の一面が光を放ち始める。その光が小さな人型となったかと思うと、言葉を発し始める。


「はろはろー。目が覚めたかなー、僕の愛しいホムンクルスちゃん。パパですよー」


 それは記憶にある私自身の創造主──パパの顔だった。

 私は反対の手でその浮かび上がった人型に触れそうとする。しかし、スルッと指が通り抜け、その形が乱れる。こてんと首を傾げながら呟く。


「立体映像、ですか」


 そんな私の動作や声に一切反応せず、話し続ける立体映像。

 その顔はイケメンの青年といった造形。しかし、その表情や仕草はあまり好感の持てるものではない印象を受ける。どこか卑屈で、けれど肥大した自尊心が滲み出てくるような、そんな表情だ。


「ホムンクルスちゃん。君はね、僕がこのゲーム風の異世界にチートマシマシで転生させられてきて、暇潰しで最初に作ってみたホムンクルスなんだよ! 生命を創造してその生き様を見守るってのを、やってみたくてねぇ~」


 そこで両手を広げてポーズらしき姿を取るパパ。なかなか滑稽な姿だ。


「たださー、僕、急に忙しくなっちゃったのさ。本当は、ホムンクルスちゃんの頑張るところを見守ってあげたかったんだけど。いやはや、ホムンクルスちゃんがこのくそみたいな世界で四苦八苦するところ、是非見たかったなー」


 そういってパパが浮かべた嗤い顔。

 私は無意識に、ぎゅっと空いた手を握りしめる。その手を見下ろし、私は自分の中に初めて沸き上がった感情に、戸惑う。


「まあ、そんな感じで、構ってあげられなくなっちゃったんだ。適当に知識は頭に詰め込んであるから、頑張ってねー。そうそう、最後にスキル・ピラミドゥをあげるよ。レベル三だけど。くふふっ。さてさてどうするかな、ホムンクルスちゃんは。使うかな? やめとくかな? くふ、くふふっ」


 その気持ち悪い嗤い声を残して立体映像が消える。次の瞬間、ぱりんと音をたて、私の手の上で立方体が半分に割れる。

 そのなかから、一つ、小さな青い三角錐が出てきた。


「……そうですか。いきなり育児放棄ってことですか。はぁ、──殴りたい」


 私はポロリとこぼれた自分の言葉に驚く。どうやら私は、あのむかつく嗤い顔を一発、殴りたいらしい。


 ──そうか。これ、『怒り』だ。


 握りしめたままだった自分の片手を眺めて一つ頷くと、握り拳をとく。そのまま現れた青い三角錐をつまむようにして手に取ってみる。


「これがパパの言っていたスキルなんとか、でしょう」


 上にかざして、覗きこむようにして観察する。

 キラキラした粒が三角錐の中で反射していて、なかなか綺麗だ。


 ──使うか選べって、そういうことですか。


 パパが残したこのスキル・ピラミドゥはレベル三。十段階あるうちの下から三つ目の品質だ。そして詰め込まれた知識によると、人間はこのスキル・ピラミドゥを使って、その一生でスキルを最大三つまで習得出来るらしい。


「三つしか無いスキルの習得枠のうちの一つ。それを低品質のスキルでうめるか否か選択しろと。──むかつきます」


 わざとなのだろうが、この場所や周囲の状況についての知識は、私の頭の中に無い。つまりどれぐらいの危険が周囲にあるのか、全くの未知なのだ。

 ──であれば、必然的にやることは一つ。確認です。


「スキル・ピラミドゥ、データプリパレーション」


 右手にスキル・ピラミドゥをのせ、まっすぐに伸ばした状態で、頭に浮かんだフレーズを唱える。手のひらの上の三角錐を中心にして、青色の光で描かれた魔法陣が現れる。大きさは手のひらの倍ぐらい。


 ──でた。知識通りです。これで何のスキルを習得出来るかわかるはずです。


 私はそこで一瞬思考が逸れる。私にパパが詰め込んだ知識が常に正しいとは限らないのでは、という疑念がちらついたのだ。


 しかし今、それを気にしても仕方ないかと自分を納得させると、早速現れた魔法陣に書かれた文字を読んでみる。


「習得出来るスキルは──水操作(初級)ですか」


 このスキルのことは知識にあった。空気中から水分をこしとって飲み水を少量作成したり、拳大の水球を物を投げるよりかは少し速く動かせるスキルだ。


 ──さて、いよいよ習得するかしないか選ばないといけません。あのむかつくパパの様子ですと、どちらを選んでも後悔するようになってそうです。であれば、一瞬でも長く生きられる可能性が高い方を選ぶことにしましょう。


 私は決意を固めて、三角錐を左腕に押し当てる。展開したままの魔法陣が腕に触れるように気をつけながら、口を開く。


「スキル・ピラミドゥ、インストール」


 その場で、三角錐が横に回転し始める。魔法陣越しに私の左腕にめり込むようにして入り込んでくる三角錐。


 ──不思議だ。見た目に反して痛くない。このまま腕に入り込めばスキルが、習得完了ですか。


 その時だった。

 ガキンと言う金属的な異音が左腕から響く。


「──えっ?」


 次の瞬間、先端だけ私の左腕にめり込んでいた三角錐の回転が、止まる。

 それだけでは終わらなかった。

 まるで体が拒否するかのに、三角錐が左腕から一気に押し出され、飛び出す。飛び出した三角錐が空中で砕け散ると、破片が蒸発するようにして消えてしまった。




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