第100話 サッカー選手になろうとした理由

 「ここはガキのくる場所じゃねえって言ってんだよ」


 ヒル……! マズいな……。

 最近のヒルは様子がおかしいと聞く。

 まだ小さなミコトちゃんと会って、暴力を振るいでもしたら……。


 「ヒ、ヒル、待ってくれ。

 別に遊んでるわけじゃな――」

 「よく見たらうぬも選手ではないか。

 ちょうどよかった。うぬがサッカー選手になろうと考えた理由を教えい」


 やべっ。今のヒル相手にそんな上から接したらどうなるかわからないぞ。と、とりあえずミコトちゃんとヒルを離さないと……。


 「とりあえず、ちょっと離れよ――」

 「復讐だ。

 何を求めてるのかは知らねえが、これが俺がサッカー選手になろうと思った理由だ。

 わかったら去れ。ここはお前みたいなガキの来るべき場所じゃねえ」


 そう言い残して去っていくヒル。

 機嫌がよかったのか……? 素直に答えるとは思っていなかったので少し驚きがある。


 いや、それよりも……復讐か。

 普段のヒルを見ていれば納得のいく答えではあるが、それでもこの理由は……悲しいな。


 「ふむ……色々な理由が……あるのじゃな」


 ミコトちゃんのテンションも少し下がり気味な様子。

 それもそうか。得られた答えは、嘘くさいと思った答え(=アラン)と独特な答え(=レオ、ヒル)。

 参考になっているのかは怪しいところだ。


 「ま、まあ、考えることは人それぞれだからな。

 食堂に行ってみよう。あそこなら選手が集まっている可能性は高い。

 アラン、レオ、お前らはどうする?」


 「ご一緒させて頂きます。予言者の一族には僕も興味があるので」

 「俺も可愛い子と一緒にいたいから同行するぜ!」


 と、いった流れで食堂へと向かうも……


 「ミ、ミミミミミミミミミミミミコト様!?!?!?!?

 どどどどうしてこのようなところに……」


 「ちと用があっての。久しいな、ファクタ」


 「じ、自分なんかを覚えていてくださったのですか!?

 ありがたき幸せ……」


 異様な光景……と思ったが、実際のところこれが正常な光景なのだろう。

 比喩でなく本当にオグレスの心臓にあたる人なんだもんな。

 逆に今まで俺たちが気軽な感じで接してたことこそが異常だったのだろう。


 「なんだなんだ? 誰だこのちっこいの」

 「わああっ、可愛いですねぇ」


 他に食堂にいたメンツ、将人にラーラ、そして凛も寄ってくる。


 「何? 試合2日前だってのに子どもと遊んで。随分と余裕なようで」


 「ちょ、ちょ、ちょ!

 将人君、ラーラさん、凛さん、そのお方は……」


 3人に説明をするファクタ。オグレスのことに詳しくなければ、将人たちのような反応をしてしまうのも仕方がないだろう。

 現に俺たちの接し方もファクタ的にはアウトだろうからな……。


 「へぇー。つまりこの子がそのオグレスの予言者ってわけ。

 でもボクたちだって負けてないでしょ。宇宙を救おうとしてるんだし」


 おー、かっこいい。

 確かにそうだ。俺たちはこのグローリー・リーグで優勝して、地球を、宇宙を救おうとしているんだ。

 考えようによっては、ある1つの星の最重要人物よりも立場は上かもしれない。


 「そ、そう言っても……」


 「そんなことより、そんな子がこんな場所に何の用?

 長話を聞いてられるほどボクたちも暇じゃないから」


 「……そうじゃな。では手短に話そう。我の用とは、うぬらがサッカー選手になった理由を聞くこと。それさえ聞ければ我は満足じゃ」


 「え、サッカー選手になった理由……」


 言葉を濁す凛。まあ、凛の理由は大方想像もつく。

 今はその理由を黒歴史にしたいくらいには性格が変わっているみたいでよかった。


 「サッカー選手になった理由?

 そんなの簡単だ! 世界一の選手になって、俺が1番だって証明するためだ!

 もちろん、お前にも負けねえからな! 龍也!」


 「わかったわかった」


 「ああ!?」


 将人の理由。これも想像がついていた。というより知っていた。

 なぜここまで勝ちに拘っているのかは知らないが、こういった類のことは初めて会ったときからずっと言っていたからな。


 「ボ、ボクは……その……男に勝ちたくて……。

 で、でも今は違うから!」


 続いて凛も答えを口にする。

 恥ずかしい過去だとしても、隠さずに言えるのは強いよな。

 恥ずかしい過去だけど。


 「わ、わたしは……ちょっとその……秘密で……」


 「はぁー? 何あんたこの流れで隠してんの!

 ボクは隠さず言ったのに!」


 「ごめん凛ちゃんー!

 でもどうしても言えないのー!」


 「ま、まあ事情は人それぞれじゃ。言えなくとも仕方ないわ。

 それでファクタ、うぬはどうじゃ」


 「じ、自分ですか!?

 じ、自分如きの大したことのない理由、ミコト様にお聞かせするわけには……」


 「そうか……いや、よい。感謝する、参考になったわ。

 じゃが、少しだけ、1人にさせてくれ」


 こうして、1人部屋を出ていってしまうミコトちゃん。

 そんなミコトちゃんの様子を見て、レオがファクタに声をかける。


 「おいファクタ! お前がちゃんと答えないからミコトちゃん出ていっただろうが! なんで答えないんだよ!

 あ、ラーラちゃんは気にしなくていいぜ。言いたくないのならしょうがないからな!」


 「いやいや、ほんと、僕なんかの面白くもない理由聞かせられないんだって。

 予言者様は本当に凄い方なんだよ……」


 結局、ラーラとファクタの答えは得られず、か。

 将人と凛の理由も特殊寄りだし……あまり参考にはなってなさそうだな。

 いや、というよりそもそもミコトちゃんはどんな答えを求めて……?


 「!」


 ここで、俺の頭にある考えが思い至る。


 「ファクタ、お前の理由、不要なものじゃないかもしれないぞ」


 「……え?」


 ***


 「なんじゃ。

 1人にさせてくれと言ったはずじゃが」


 俺はファクタを連れてミコトちゃんの元へと向かう。

 伝えるべきことを伝えるために。


 「いや、まだ言えてなかったと思って、俺がサッカー選手になろうとした理由」


 「別にもう――」

 「好きだから」


 「「!?」」


 「俺の理由、それはサッカーが好きだから。大好きなサッカーを思いっきり楽しみたかったから。それだけだ」


 「そ、そんな理由で、それだけの理由で、うぬはここまで来たというのか……?」


 「……確かに、好きなんてものは漠然とした、平凡な感情でしかないのかもしれない。

 実際、俺も他のみんなの理由を聞いて少し気後れしてしまった面はある」


 「…………」


 「でも、改めて思った! この感情は大切だって!

 他のみんなの理由を否定するわけじゃないけど、俺はこの理由だって立派な理由だと思う!

 なあファクタ、お前の理由はなんだ?」


 「僕も……サッカーが好きだから、だよ」


 「うぬもか……ファクタ」


 心なしか、少しだけミコトちゃんの顔が明るくなった気がする。


 「教えてくれミコトちゃん。

 俺たちの話を聞いて、君は今どう考えている?」

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