第76話 戦う覚悟 case:ヘンドリック
酷い。
いつからだろう、こんなに惨めな心になったのは。
ああ、思い出した。
あれは4年前、u-15のクラブチームに入ったときからだ。
当時の俺は13歳、しかし、俺はニュータイプ。その中でも第一世代であるニューグレ世代だ。
元々キーパーが得意だったこともあり、先輩を押しのけてキーパーの座を手に入れた。
そんな状況に不満を覚える人もいたのだろう。
しかし、当時の俺はのんきで、そんなことに気づきはしなかったんだ。
チームにも慣れてきたある日、練習試合が行われた。
公式戦でもなんでもないただの試合。
普段はしない凡ミスで点を取られてしまった。
結果は1-2で俺たちの負け。
そんな時、ある言葉を耳にした。
「あいつのせいで負けたんだ」
その言葉が本当に怖かった。
人によっては気にもしないであろうその言葉。
別にその後その人と何かがあったわけではない。
その人も俺に思うところがあったのかもしれないが、だからといって嫌な人なわけじゃない。
ただ、スポーツは真剣勝負だ。
熱くなると心にもない言葉を言ってしまう事がある。
その試合の1点を決めたのはその人だ。その人はニューグレ世代でも無いのに試合に出場した優秀な選手。だからこそ俺のミスに、一瞬腹が立ってしまったのだろう。
心ではわかっていた。熱くなってつい言ってしまっただけだと。
しかし、俺は受け止められなかった。
そこからはすぐだ。俺は失点が怖くなった。
俺のせいで負けることが怖くなった。
キーパーを辞めようかとも思った。しかし、それは叶わなかった。
幼少期からキーパーが上手かった俺は憧れの対象だった。
親や友だち、周囲からの期待を裏切ることはできなかった。
それからの日々、俺は恐怖心を隠して過ごしてきた。
失点が何より怖かった。俺のせいで負けたと言われるのが怖かった。
そうならないよう、俺はディフェンスを育てた。
ディフェンスが強くなれば俺が失点する可能性は低くなる。
ザシャもそういった考えの元育てた選手だ。彼は俺のそんな意図など知る由もなく、俺のことをよく慕ってくれていた。
その後月日は経ち、俺はドイツ代表のキーパーに選ばれた。
国の代表。俺は喜びより先に恐怖が来た。
俺が失点したら国の全員の期待を裏切ることになる。俺が失点したら、国の全員から責められることになる。
そんなの耐えられない。
幸運にも、ドイツ代表にはザシャを始めとした俺が育てたディフェンスの面々も選ばれていた。
俺たちの連携は以前から評判になっていたので、その評判を利用し、ドイツ代表を守備の強いチームへと導いた。
結果、ドイツ代表は世界でも有数の守備力を持つチームになった。
無失点というわけではないが、大量に失点されることも無く、俺は順調に代表人生を過ごしていった。
そして、事件は起きた。
宇宙人が襲来してきたのだ。
理解ができなかった。
しかし、1つだけ確信があった。
俺には無理だ。
逃げたい。しかし、それも叶わない。
「ヘンディさん、大変なことになったっスね……。
でも、俺たちのサッカーで地球を……家族を守れるなら……やるしかないっスよね……!」
それは悪意のない、純粋な言葉。誰より俺のことを信じてくれている後輩の言葉。
俺は……この期待を裏切ることはできなかった。
試合結果は俺たちの勝利。
失点はしたが、セーブもかなりの量している。それに勝ったのは俺たちだ。
これで地球は守られる。そう思っていた。
「この試合が茶番だって気づいてたからだよな?」
衝撃的な話が始まった。
終わりだと思った戦いは始まりでしかなく、俺たちに選択が突きつけられた。
トール会長はここで逃げても責めないと言ってくれた。
しかし、だからといってここで逃げることはできない。
ザシャも俺は戦うものと信じて疑っていないだろう。どんな顔をして地球に戻ればいいのだろうか。
色々なことが頭の中を巡り、俺は新たな答えを見つけることができなかった。
参加することに決めた俺。
キャプテン決めの時間。
選ばれたのは龍也。俺は心の底から安心した。
流れに沿おう。俺は龍也をキャプテンに推薦する。
本心は保身なのに。チームのことを考えている風を装って。
そして迎えたギガデス戦。
俺は、ここでやっと間違いに気づく。
いや、違うな。本当は既に間違いには気づいていたんだ。しかし、目を逸らし続けていた。
俺に"覚悟"が足りていないという現実を。
当然だ。みんなは地球のことや家族、友だちのことを考え、悩み、その結果ここに立っている。
しかし、俺は違う。流されて、意志を持たず、自分の保身、体裁を保つためだけにここに来た。
この覚悟の差は最悪の形で現れる。
ギガデス戦。結果は勝利。
ギリギリの勝利だった。
だからなんだ。
この勝利は龍也たちの勝利だ。俺の勝利じゃない。
俺はただ点を決められただけ。
もしこのまま負けていたら、地球は終わっていた。
俺のせいで地球が終わるところだった。
そう考えると急に怖くなった。
震えが止まらなかった。
みんなはこれくらいのこと当然理解しているだろう。その上でこの戦いに参加しているのだろう。
しかし、俺は違った。
みんなが当然のように決めている覚悟を俺は決められていなかったのだ。
俺は……酷い男だ。
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