第48話 ネガポジ考察談
「あ、あの、ご飯一緒してもいいですか?」
ギガデスとの試合に祝勝会、そしてミーティングと、盛りだくさんな1日を終え、迎えた翌日朝飯の時間。料理を受け取った俺にネイトがこう話しかけてきた。
「ん? いいぞ、どこで食べる?」
「あ、じゃああの端の方でお願いします」
「おっけー」
ネイトと飯を食べる時は大抵ブラドも同席している。2人での食事は珍しいな。
「このジャム美味ぇー!
地球の料理を出してくれる気づかい本当にありがてえよ」
「龍也さん」
「ん?」
「ヘンドリックさんのことなんですけど……」
「!」
やはりか。薄々そんな気はしていた。
正直ネイトもかなりのネガティブ思考。ヘンディのことを相談するなら適任だと思っていたが、『ネガティブについて話すならネイトだと思って!』なんて言うのは流石に失礼だ。それ故に相談できずにいたから向こうから話題にしてくれたのはありがたい。
「ぼくって、その、ネガティブじゃないですか? だけど……わからないんです」
「わからない? ヘンディのことがか?」
「はい、わかりません。
ドイツ代表時代にキャプテンをやっていたことも、ゴールキーパーなんて重要なポジションを務めていることも、あんなポジティブなセリフを言えることも、ぼくたちのような心の弱い人間にはできません」
「そんな自分を卑下しなくても……。
それにヘンディは無理して振舞ってたってことじゃないのか?」
「いえ、今ぼくのことは大丈夫です。
……ネガティブなぼくだからこそわかります。ヘンドリックさんはぼくとは違う人間です」
「…………」
「ぼくは驚きました。あんな人でも精神的に崩れることはあるのだと。
でもその理由がネガティブから来るものだとは思えません。普段ぼくは自分の発言に自信を持てません。だけどこれだけは自信を持って言うことができます。ヘンドリックさんは、ぼくたちのような心の弱い人間ではないです!」
ネイトが自分を下げすぎているのは気になるが、ここは話を聞くことを優先する。
「ヘンドリックさんのことがわからなくて、昨日部屋に戻ってからも考えていました。
そして、自分なりに結論を出せました。聞いてくれますか……?」
「ああ、聞かせてくれ」
「ザシャさんがヘンドリックさんは責任感が強いと言っていました。多分、それが全てなんだと思います」
「全て?」
「はい、ヘンドリックさんは責任感が強い、強すぎる。だから自分に求められている役割を完璧に果たそうとしてるんだと思います」
「今回でいうとゴールキーパーだよな?」
「そうです。
ゴールキーパーだけです。そこが重要なのだと思いました」
「え?」
どういうことだろう。まだ話が見えてこない。
「ヘンドリックさんは元はキャプテンです。キャプテンとゴールキーパーという2つの大きな役割を持っていたため、ゴールキーパーとして役割を果たせなくてもキャプテンとしては役割を果たすことができ、結果何の役割も果たせないという事態にはならなかった。
当然、ザシャさんが言っていたように片方の役割を果たせないだけでも気には病んでいたのでしょうけど、完全に崩れるほどでは無かった」
「ヘンドリックさんは元はキャプテン。ゴールキーパーとしてだけじゃなくキャプテンとしても役割を果たしていました。だから、例えゴールキーパーで役割を果たせなくてもキャプテンで役割を果たせていればまだ精神を安定させられたのです」
確かに、代表時代はその大きな役割を2つも果たしていたんだよな。
「しかし今回は違います。今回のヘンドリックさんの役割はゴールキーパーのみ。そのゴールキーパーでなんの活躍もできなかった。役割を果たせなかった。
それなのに仲間のおかげで勝てた。足を引っ張るだけ引っ張って仲間に勝たせてもらった。
責任感の強いヘンドリックさんなら申し訳なさに潰されてしまっても納得がいきます」
「……なるほど」
以前と違いキャプテンとしての役割が無い分、ゴールキーパーに全ての役割が集中していたのか。
そして、そのゴールキーパーで役割を果たせなかったせいで、自分が何の役にも立っていないと気を病んでしまったと。
確かにゴールキーパーは他のポジションと違ってやることが限られているポジションだ。シュートを1本も止められなかったら役に立っていないと思ってしまうのも無理はないかもしれない。
しかし、その考え方は間違っている。
ゴールキーパーの役割はシュートを決めるだけではないのだから。
「だから……やっぱりヘンドリックさんはネガティブじゃないと思います。責任感の強い……ぼくたちのような人間とは真逆の人間です」
「……ありがとうネイト。俺1人じゃここまでヘンディのことを理解することはできなかった。
ネイトがいてくれてよかったよ、本当に役に立った」
ヘンディの豹変には少し引っかかる点があったが、ネイトの説明で合点がいった。
責任感の強さだけでここまで苦しむとは、難儀な性格だとは思うが、それもまたヘンディらしくある。
こうなったらやることは簡単、空白だったあれについて監督と話さないとな。
ネイトにも感謝だ。
ネイト自身はまだ自分に自信がなく自分を責めているみたいだが、今回はネイトにしかできない役割をしっかりと果たした。このことを契機に自信をつけていけるといいな。
いつか試合でもネイトの力が必要になる時が来るだろう。その時、万全の状態でネイトに試合に出てもらうためにも。
「……くは……いですよ」
「え? 今なん――」
「オラオラァ龍也ネイト!
んだー? 2人で深刻な顔してよ!
飯とはいえこのブラド様をハブってんじゃねえ!」
「お、いやちょっとヘンディについて、な」
「あーそういえばちょっと変だったよなあいつ。
ま、大丈夫だ。あんくらい俺様のビンタですぐ元気になるぜ!」
「お前が言うと冗談に聞こえないから怖いんだよな」
「ガハハ! 何言ってんだ龍也! 精神的に弱ってる相手にビンタする馬鹿がどこにいんだよ!」
「おま……4日前の自分の姿見たら泡吹いて倒れそうだな……」
「ガハハハハ! 俺様は過去は振り返らない主義なんでな!」
「全く、みんながお前くらい馬鹿になれたら楽なんだけどな」
「ガハハ! 俺様レベルになるのは簡単じゃないがな!」
「その自信も全員に持たせたいものだぜ」
こうして朝食の時間は終わり、ギガデス戦後初の練習が始まる。
俺はキャプテンとしてチームメイトに伝えるべきことを伝えた後、監督の元へ向かう。
監督との会話の末、欲しかった許可は降ろしてもらった。ここからが勝負。
ギガデス戦での勝利、このいい流れに乗っていたい。
そのためにも、いきなりだが話をつけさせてもらうぞ、ヘンディ!
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