第20話

「クソッ!取り逃がしちまった…」


そう俺が言った。


「姉さん、これでウチらが近づいたことが向こうに知れてしまいますね」


「どのみち大きな衝突は避けられないさ。むしろアイツらにとってもプレッシャーになるはずだよ。情報収集力は何もアイツらだけの特権じゃないってわかったはずだ」


そのとき薫の携帯に着信


「姉さん、小山内って奴の家に片桐達が向かってるらしいっすよ。今小山内って病院行ってんすよね?」


「そうか、ありがとう。私達もそっちに向かうよ。下手に近づくなよ、あんた達を巻き込むつもりは無いんだ。これはウチの問題だから今回あんた達に怪我させるつもりは更々無いんだから」


「なーにみずくさいこと言ってんすか!これまでに受けた姉さん達のご恩はどんなに返したって返しきれねぇんだ。地獄の底まで付いていきますよ!」


「気持ちだけ受け取っておくよ。今回はちょっと嫌な予感がするからほんとにこの山は関わらなくていい」


薫は電話を切って仲間と小山内の家に向かうことにした。俺はすぐに小山内に電話してその話を伝える。


「もしもし小山内!気を付けろ!奴等は小山内の家に向かってるって情報が入った。俺達も今からお前の家に向かうけどくれぐれも用心しろ!」


「黒ちゃん…これは…この落とし前は俺に付けさせてくれ…この件は片桐が俺に対しての恨みなんだよ。俺はあいつと相棒としてやってきた。あいつのことはよくわかってる。そしてこの仲間殺し(実際には死んでいないが)はどうしても俺があいつと決着付けなきゃならないんだ…」


「小山内…だけど俺も狙われてるからなぁ…」


「黒ちゃんはあいつにとってはついでみたいなもんだ…本当の狙いは俺なんだよ…ずっと口実が欲しかったんだろ…大義名分の」


「わかった。とにかくお前一人でいるのは心配だから一度合流しよう」


「わかった。俺も一度戻るわ」



小山内の家を20人程の集団が取り巻いている。それぞれ鉄パイプや金属バットを仕込んで完全に殺る気で来ている。


「片桐、居ねぇんじゃねーのか?」


「あぁ、多分な…アイツの愛車が無い。また出直すか。とりあえず置き土産でもしておくか」


そう言って小山内の家の小さな窓ガラスに大きな石を投げつけた。


ガシャァーン!


石は窓ガラスを突き抜け家の中に落ちた。その日小山内の家は留守でその惨状に気付く者は居なかった。


「小山内…お前は絶対許さねぇ…」


そう言って片桐達は引き上げた。それから天斗達が駆けつけるのはおよそ10分後だった。

俺達は小山内の家に着いて先ず目に飛び込んで来たのが割れた窓ガラスだった。


「酷ぇことしやがる…もし家の中に誰か居たら大怪我してもおかしくないぞ…」


俺が言った。そのとき遠くから聞き覚えのある爆音が聞こえてきた。小山内が家に到着して自分家の惨状を目にした…


「小山内…」


俺は小山内の心情を察してかける言葉が浮かばなかったのだが…


「黒ちゃん…何も俺が居ないからってガラスぶち破って入ろうとしなくても…」


俺と重森…そして一緒に駆けつけた重森の仲間二人も一緒に肩を落としてズッコケた。


「小山内…」


薫が言う。


「バカなの?」


小山内は薫から突きつけられた衝撃的な言葉に絶句し、まるで銃で打たれたかのように後ろに倒れた。


「か…かおりちゃん…バカにバカって言っちゃいけないよ?」


バカな小山内でも流石に堪えたようだ。


「このガラス…何故割れてんだ…」


「小山内…」


俺は小山内の肩にポンと手を置いて


「普通はな…片桐の野郎~とか先ず真っ先に疑うもんだよな?」


そう言うと


「あっ!そういうこと?これは片桐がやったの?あの野郎~!」


また俺達四人はズッコケた。


「重森…御愁傷様…」


重森は俺を睨んだ。


「あいつらなめた真似してくれるぜ…とにかく俺と黒ちゃんだけじゃただ殺られるだけだから今は一枚岩になってこれ以上戦力削がれないようにしないとな」


小山内もたまにマトモなことを言うもんだ。すぐにLINE一斉送信で召集をかける。夏休みということもあってどれだけ集まるかはわからないが、一応緊急に備えて用心するよう呼び掛けていたからそれなりに皆心の準備はしていると思うのだが…

そして薫にも着信があった。


「姉さん!新たな情報っス!S駅に奴等かなりの数集めてるらしいッス!これからどう動く気なのかはわからないっすけど、間違いなく小山内ってのと黒崎の首取るのは間違いないと思われるので姉さんも用心して下さいね!」


「わかった、ありがとう!みんな恩に着るよ」


「なーに言ってんすか!俺達は矢崎さん兄妹の為に生きてるようなもんすよ!」


電話を切って薫が


「たかと、小山内、S駅にすぐに仲間集結して!ここでやらなきゃまた各個撃破されて余計に状況が悪化しちゃう」


「わかった!連絡するわ!集まり次第全面戦争だな」


それから30分で連絡ついて集まったのが25人。そこそこ集まった方だが相手の戦力がわからない上に小山内の側近がほとんど削られてしまった為、かなり不利な状況には変わりがない。


「重森…力貸してくれるな?」


薫は小山内に真の力を見せることに抵抗はあるものの、そうも言ってられない状況に軽く頷いた。


「んじゃあ、いっちょやってやるか!」


そう言って駅に一行は向かった。


5人は駅に到着した。

既に連絡ついた仲間達は全員集合していた。こちらの戦力は合わせて30人。しかし主力メンバーのほとんどが病院に搬送されて実質戦力はかなり落ちている。俺達は情報を頼りに駅の中へ入っていく。しかし、それらしき敵が見当たらない…反対側の駅出口に向かって歩いて行ったとき、10人のヤンキーと目があった。その中に片桐が居た!片桐が小山内達と目が合った瞬間


「小山内!俺はお前を許さねぇぞ!」


「か~た~ぎ~り~!てんめぇ~!」


小山内が怒り心頭に片桐を睨み付けた。

片桐は


「おい、これはちょっと分が悪い…ここは一旦逃げるぞ!」


そう言って踵(きびす)を返して逃げたした。


「待てやコラァ!」


小山内の怒号に俺達は一斉に片桐達を追いかける。片桐達は全員同じ方向に逃げていく。そのとき薫が


「たかと…何か妙じゃない?こういう時本来なら散り散りになって逃げた方が追う側をまきやすいのに…片桐の性格からして…もしかしたら罠?」


走りながらそう言った。しかし小山内達は猪突猛進に全力で追いかけていく。500メートル程走ったところで広い駐車場が見えてきた。片桐達は徐々に失速して小山内達が追い付いた。全員息を切らしながら駐車場の中で立ち止まった。


「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…片桐…お前…ハァ…ハァ…わかってんだろうな!ハァ…ハァ…」


小山内が片桐に向かって言った。片桐も


「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…状況が…ハァ…わかってねーのは…ハァお前の…ハァ方だぞ…ハァ…ハァ…」


広い駐車場の中で真ん中は車がカランと空いていて両脇に詰めて停まっていた。その車の陰から人影が次々と姿を現す。


「完全にハメられたな…」


薫が言った。


片桐の用意していた伏兵にあっという間に囲まれてしまう!その数おおよそ60人…ざっと2倍の人数を相手にすることになってしまった。例え小山内の主力メンバーが居たとしてもこの形勢は完全に不利に見える。

俺はまだ実践経験がねぇ…流石にいきなり複数相手の喧嘩で通用するのかどうかわからねぇ…重森をチラッと見た。


「たかと…」


重森は俺の顔を見て小さく頷いた。そうだよな…俺、身体張ってあれだけ特訓したんだもんな。やれるよな、絶対!俺も重森に親指を立て頷いた。


「片桐…ハァ…ハァ…お前…ハァ…ハァ…変わらねぇなぁ…ハァ…ハァ…お前はそんなに頭が切れるのに…何で気付かねーんだ?」


「小山内…ハァ…ハァ…お前が…俺を裏切ったんだろうが…俺は全力でお前のことをサポートしてきたのに…」


「片桐…お前は何もわかっちゃいねーよ…仲間は道具じゃねーんだよ…みんなそれぞれ意志があり、価値観もそれぞれ違うんだよ…お前はズレてんだよ」


「小山内…わかっちゃいねーのはお前だよ…俺はお前の為にやってきたんだ。お前が一緒に高見目指そうって言ったから…変わったのはお前の方だろ!」


「片桐…俺は今でもお前を仲間だと思ってんぞ…」


その時片桐は言葉に詰まった…仲間?今でも?片桐は少し動揺している。


「小山内、お前が俺を裏切らなきゃ俺だって今でもお前の参謀としてお前と一緒に高みを目指してたんだよ!」


「どうやら何を言ってもお前には届かないみたいだな…」


みんなだいぶ息が戻ってきていた。敵の総大将的な存在の橋本達也が


「片桐~、ごちゃごちゃ言ってねーで殺るぞ!小山内は俺が狩るんだ」


「橋本~、久しぶりだな」


「小山内、今日こそお前の命日だぞ!今までの雪辱晴らしてやらぁ!」


「フッ、何度やってもお前みたいな愛も何も持ち合わせちゃいない拳なんぞに俺が倒れるかよ!」


相手は俺達の周りを囲むように包囲している。陣形としては完全に不利な形だ。さすが片桐、軍師と呼ばれただけはある。圧倒的な戦力差、倍以上の数に囲まれて形勢は完全に不利な中で小山内が全く物怖じしない姿に仲間達は絶大な信頼を寄せている。この状況下で、もし小山内が少しでも怖じ気づいてしまえば一気に皆の士気が下がってしまうだろう。これはやはり人の上に立つものとしての資質なのだと俺は感じた。俺と重森は小山内から少し下がった所で立っていた。重森が


「たかと、これが初の実践になるけど小山内の生きざまちゃんと見ときな。あいつは男の中の男だよ。本物ってのがどういう役割を果たさなきゃいけないのか、人を守るってことがどういうことなのかを見る絶好のチャンスだよ…」


「わかった」


俺は重森が言わんとする真意がわからないまま返事をした。小山内の「オラァー!」という怒声を号令にしてそこに居合わせた全員が一気に動き出す。小山内と橋本がこの陣形のど真ん中で一騎打ちとなる。外周から一気に敵が押し寄せてくるのを俺達は迎え撃つ形になった。片桐はといえばいの一番にこの戦場から離脱し高みの見物を決める。策を労する者はたいがい臆病なものだ。橋本達也は流石に敵の大将だけあって小山内と対等にやり合う。俺達は外側から押し寄せてくる上に数が違い過ぎるためあっという間に押し込まれて行く。俺は重森を庇いながら向かってくる目の前の敵を相手にする。やっぱり重森の特訓の成果は凄まじい、相手の攻撃がまるでスローモーションのように見える。かわして相手を投げ飛ばすのは難しいことではない。


「行けるぞ重森!お前のお陰だ!」


チラッと重森を見てそう言った。重森も合気道の技でどんどん向かってくる敵を投げ飛ばしていく。小山内の方を見ると、既に決着は付いているようだ。小山内も目の上から血を流しているが、相手の橋本達也は小山内の足元に倒れている。小山内がこっちを見て人混みをかき分け歩いてくる。小山内も重森の周りにいる敵をどんどん蹴散らすが数が多いためどんどん倒した敵も息を吹き返す。このままじゃ切りがねぇ…

と、その時遠くから数台のバイクの音が近づいてきた。重森が


「アイツら…来るなって言ったのに…たかと、一気に反撃に移るよ!」


俺はうなずいて小山内に


「行け!ここは俺らに任せろ!片桐を追え!」


そう言って小山内に向かって親指を立てた。

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