第38話 エピローグ

 サロンの生徒が帰り、誰も居なくなった部屋で窓の外を眺めていた。

 陛下は政務から退き、一切をアレンに託した。


 ウイリアムは幽閉され、今はどうなっているのかわからない。

 ただ、アイザックに関しては、相変わらず尻尾を掴ませないようだ。

 今は他国を拠点にしているそうで、たまにグレイリノ皇国でも見掛けたという話を聞くが、それも本当かどうか、調べようもないし、調べるつもりもない。


 皆が去ったヴィノクールはあっという間にその名を消した。

 前世でもそうだったが、あれほどの名家を没落させたカイルの手腕には頭がさがる。


 カイルは最後までウイリアム皇子を庇った挙げ句、挙兵を企てた罪で爵位を剥奪され、投獄の身に――。落ち延びた母は、風の噂で異国の商家の後妻におさまったと聞いたが、グレイリノ皇国を出る際に野盗に襲われ、消息がわからなくなっている。


 色々とあった……。

 時間が解決してくれたこともあったし、自分の力で切り開いたこともあった。

 仲間と助け合い、やっと、今の平穏な日々を勝ち取ることができた……。


 数年前、アレン皇子はとある公爵家の令嬢と結ばれた。

 皇妃として申し分ない血筋、容姿も美しく、非の打ち所のないお相手だった。


 ――私は心から祝福をした。

 イネッサは最後まで納得していないようだったが、私は本当に喜ばしいと思っていた。


 あれは……あの恋は、私の中でいまも輝きを失わず、美しい想い出となっている。

 別に今もアレン皇子のことを想っているわけじゃない。


 お互いに気持ちの整理はついているし、彼は私の大切な友人の一人なのだ。


「やあ、家に行ったらこっちだって聞いたから。どうだいマダム、グレイリノ皇国の未来を支えるご令嬢達は?」


 紅茶とお菓子を持って、アレンが部屋に入ってきた。


「ええ、とても素晴らしいわ」

「それは結構、これで景気に頭を悩ませなくても済みそうだ」


「ふふ、そっちはどう? 大変そうね」

「ああ、まったく……旧貴族派がちっとも言うことを聞かない、嫌になるよ」


「仕方ないわ、まだ始まって数年だもの。少しずつ味方を増やせばいいのよ」

「そうだな、手始めに……どうだい? サムルク達を皇宮付きにする気は?」

「お断りよ、彼らは私の騎士だもの」


 アレンは笑いながら肩を竦めて、紅茶に口を付けた。


「ん? あの樹は……」

「ああ、良いでしょ? ヴィノクール家の菩提樹よ」

「え? ヴィノクール家は陛下の命令で取り壊したはずだけど……」


 驚いたように私を見るアレン。


「まさか、あれくらいもらってもバチは当たらないわよね?」

「いつの間に……ははは、君って人はまったく……」と、困ったような笑みを浮かべる。


 二人で窓際に立ち、風に揺れる菩提樹を見つめた。


「立派な樹だね」

「でしょう?」


 あの時、アレンの手を取っていれば、また違った風景が見えたのかも知れない……。

 でも、私は自由を諦めなくて良かったと思っている。


 これからまた、新しい恋もするだろう。

 投資サロンも始まったばかりだし、まだまだ手掛けたいビジネスもある。


 もしかすると、私はあの時からずっと、夢を見ているだけなのかも知れない。

 また、何かのきっかけで、13才の自分に戻る日が来るのかも……。


 でも、今は何があったって怖くない。

 私は、私の人生を生きていく。


 何回だって諦めない。

 それが私だから――。

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