第36話 皇帝

「貴様ら……立場を理解していないようだな」


 余裕ぶった笑みは消え、怒りに満ちた表情でウイリアムが言った。


「おっと、殿下、いや……元殿下かな? 地下遺跡は押さえた、証拠は全て揃っている。あなたはご自分の立場ってやつをアレン皇子に聞いてみるといい」


 トニマがからかうように手を胸の前に当て、まるで執事のような礼を見せる。


「お、おのれぇ……私兵の分際で舐めた口を……!」

「――殿下をお守りしろ!」


 駆けつけた聖騎士達がウイリアムの前に立った。

 階下では未だ乱戦が続いている。


「兄上!」


 カイ、いや、騎士を引き連れたアレン皇子が階段を駆け上がってきた。

 一瞬だけアレン皇子と目が合い、私の心臓が跳ねるように高鳴る。


 ウイリアムは憎らしげにアレン皇子を睨みつけ、絞り出すようにその名を呼んだ。


「アレン……」


「兄上、もはや逃れることは不可能です、潔く投降してください」

「ハッ、何をいうかと思えば……アレン、このことは父上はご存じなのだろうな?」

「…………」

「やはりな、お前の暴走か……アレン、これは皇国に対する反逆だぞ! 次期皇帝たるこの私に剣を向けたのだからなぁ!」


 ウィリアムの怒声が響く。

 だが、アレンは言い返そうともせず、ウイリアムに憐れむような目を向けた。


「ふん、何だその目は? 負け惜しみか? そうだろう? お前のような、影でこそこそと何をやっているのかわからんような奴が、間違っても陛下に許可など得られるわけがない、なぜなら……」

「――既に死んでいるからか?」


 思わずハッとするような澄んだ声だった。

 階段の上を見ると、皇帝直属である正式な聖騎士達に護られた初老の男が顔を見せた。


 アレン皇子と騎士達は一斉に片膝を付き頭を垂れた。

 私とサムルク達もそれにならう。


「そんな……なぜ、ち、父上が……」


 グレイリノ皇国、第24代皇帝――サマル・グレイリノ。


 当たり前だが、実在したのだ……これがグレイリノ皇国の頂点。

 あまりにも雲の上の存在すぎて、とても同じ人間だとは思えなかった。


「死んだと思っていたか?」

「い、いえ……そのような……」

「まさかお前に毒を盛られる日が来ようとはな……ウイリアム、何が不満だった?」

「ご、誤解です! 私が毒など盛るわけがございません!」


 慌てふためくウィリアム。

 先ほどとは、まるで別人のようだった。


「……ふむ、では奴隷についてはどう釈明する?」

「ア、アレンの陰謀です……! そうだ、お前は皇帝の座欲しさに私を陥れようとした! 弟ながら恐ろしい男です、どうか父上、私に弟を捕らえよと命じください!」


 必死に訴えるウイリアム。

 その姿に陛下は失望したように、目を伏せた。


「……ここまでか」


 消え入りそうな、哀しい声だった。


「父上!」

「アレン、後は頼んだぞ――」


 陛下は踵を返し背中を向けた。

 私がその背中を見つめていると、ふと振り返った陛下と目が合う。


 思わず目を伏せ、頭を下げると、

「そなたがヴィノクールの……」と陛下が言った。


「――アナスタシアと申します」


 すると陛下は何かを思い出すように上を向く。


「そうか、あれはいい男だったな……アキムのような臣下を持てたことを嬉しく思う」


 慈愛に満ちた優しい瞳……。

 たった一言で、私まで救われたような気持ちになった。


「もったいないお言葉です、天国の父もさぞ喜んでいることでしょう」


 陛下は小さく頷き、そのまま去って行く。


「お、お待ちください! 父上! 父上ーーーっ!!」


 ウイリアムが悲痛な叫びを上げる。

 アレンが手を向けると、騎士達がウィリアム達を取り囲んだ。


「兄上、これが最後です、投降してください――」

「ぐ……」


 ウイリアムは両膝から崩れ落ちた。

 同時に、ウイリアムの聖騎士達が剣を捨て、両手を頭の上で組んだ。


「よし、拘束しろ!」


 騎士達はウイリアムと聖騎士達を拘束し、どこかへ連れて行く。


「ったく、いいところ全部持って行かれちまったぜ……」


 トニマが剣を鞘に収め、私に向かって小さく顔を振った。


 私はトニマ達にハグをして、

「いいのよ、助けてくれてありがとう、十分に活躍したわ」と礼を言う。

「へへ、トニマが赤くなってら」

「うるせぇ! なってねぇよ!」

「ふふふ」


 たぶん、他の人から見れば、彼らはとても騎士には見えないだろう。

 でも、彼らは私の騎士だ……。


 誰に何を言われても、何ら恥じることなどない。

 こうして誰よりも立派にその務めを果たしたのだから……。


 ――その時、アレン皇子が私の側に来た。


「アナスタシア……その、黙っているつもりは無かったんだ、だが、兄のことを調査している途中だったし、素性を明かすわけにはいかなくて……だから……君が無事で良かった」


 上目遣いで、私の反応を窺うアレン皇子。


「皇子のお陰です……何とお礼を言っていいのか……」

「皇子だなんて、アレンと呼んで欲しい」


 アレンが私の手を取った。


「ありがとう、アレン……あ、その、お花もありがとう、とても嬉しかったわ、あー、今言うことじゃないのはわかってる、ごめんなさい」

「謝らないで、僕一人じゃ君を救えなかった。アンダーウッド家、オルガやサムルクも、みんなが協力してくれたから助けられた、君の仲間に感謝しているよ」

「ええ、自慢の仲間よ」

「だろうね……そうだ、僕に屋敷まで送らせてもらえる?」


 そう言ってアレンが私に微笑みかける。

 嬉しかった、でも……。


「あー……ごめんなさい、アレン。私、家に戻るつもりはないの……」

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