第24話 鉄

 ティーサロン予定地で、私はオルガと打ち合わせをしていた。

 サムルクたちが建物の外、入り口の警備についている。


「まさか……本当に傭兵団を雇っちまうとはねぇ」


 オルガは呆れたように頭を掻きながら私を見つめた。


「もう傭兵ではありません、私の私設騎士団です。紹介します、サムルクを纏めるトニマです、トニマ、私のビジネスパートナーのオルガです」


 小柄なトニマが丁寧に頭を下げた。

 黒と赤を基調にした真新しい軽鎧がとても似合っている。


 私の私設騎士団とはいえ、ヴィノクール家に出入りする護衛騎士ともなれば、それなりのものを身につけてもらわねば他の貴族家に対して格好がつかない。案外、こういうところで揚げ足を取られてしまうのだ。


「ご紹介に預かりましたトニマです、以後お見知りおきを」

「……オルガだ、よろしく頼む」


 トニマはじっとオルガを見つめる。

 まるで品定めでもしているようだ。

 だが、これは……まだ傭兵気分が抜けていないのだろう。

 私のビジネスパートナーに対する態度では無い。


「顔に何かついているか?」

「いえ、ひとつ言っておきたい」

「何だ?」

「我々はアナスタシア様に忠誠を誓っている。たとえオルガ殿がパートナーといえども、アナスタシア様に何かあれば容赦なく殺す、必ずだ」

「ちょ、トニマ!」


 何を言い出すかと思えば、まったく……。


「ははは、面白い! そうでなくちゃ俺だって安心できないさ」

「それを聞いて安心しました、遠慮せずに済む」

「はぁ……もう! 何でそうやってすぐに喧嘩腰になるのよ……いつまでも傭兵気分でいられると困るわ」


 私は大きくため息をつき、額を押さえた。


「失礼しました、では、私はお邪魔なようですので離れております」


 トニマは礼を取り、入り口の方へ向かった。


「随分と気に入られたようだな? しかし、あのサムルクをねぇ……どんな手を使ったんだ?」

「誠意を持って話しただけよ。それより、イネッサから図面を預かってきたわ」


 私はイネッサの描いた店舗のレイアウト案をオルガに渡した。


「ふぅん、あの気弱そうなお嬢さんがねぇ……どれどれ」と、図面を広げ、オルガは建物の中と見比べながら考え込んでいる。

「なかなかのものでしょう? 特にこのステージを利用したカウンターは目玉になるわ」

「ああ、これは俺もまだ見たことがない……だが、かなりぞ? 大丈夫か?」

「そう思って、ちょっといい話を持って来たの」

「……聞こう」


 オルガは奥のテーブル席に腰を下ろす。

 私は向かい側に座った。


「さてさて、お次は何を考えているのかな? さすがにもう驚かないぜ?」

「鉄鉱石を買いましょう」

「はぁ? 鉄鉱石……? なんでまた?」

「今だとかなり安く買えるはずよね?」

「まぁ……相場は安定しているな」


 オルガは少し上を見て答えた。


「私の手持ち資金で買えるだけ買ってちょうだい」

「いやいやいや、ちょっと待て! さすがにそれはナシだ、金を捨てるようなもんだぞ⁉」


 オルガが席を立って声を張ったので、サムルクたちが反応する。

 私は彼らに手を向けて、下がらせた。


「大丈夫、私を信じて」

「……理由を聞きたい、信じるか信じないかはそれからだ」


 腕組みをして、オルガが椅子に座り直す。


 まあ当然よね。

 むしろ、ここですんなり従う方が危険だわ。


「近く、鉄相場が暴騰する――」

「根拠は?」

「陛下の体調が思わしくない。しばらく療養することになるわ」

「――まさか⁉」


 オルガはこの一言で、すでに私が言わんことを察しているようだ。


「世論は一気に黒皇子と白皇子の対立が顕在化すると考え、近いうちに戦争が起きるかも知れないと疑心暗鬼に陥る……皆が我先にと鉄に群がる」

「くく……はっはっは! それが本当なら暴騰間違いなしだ!」

「正式な発表までに、噂を流せる?」

「なるほど、導火線を用意しておくわけか……面白い!」


 オルガは膝を叩いて立ち上がり、図面を胸元にしまうと、

「任せておけ」と言って、足早に建物を出て行った。



   §



 そろそろ頃合いかしら……。

 私は屋敷の図書室で本を読んでいた。


 前世で陛下は、この時期に体を壊し、ひと月ほど療養された。

 父が慌てて皇宮へ見舞いに行ったのをハッキリと覚えている。


「アナスタシア様、よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「失礼いたします」


 スロキアが少し早足で入ってきた。


「たったいま、陛下がご療養なさるとの報せがありまして、旦那様がしばらく留守にすると」

「陛下が……わかりました」

「あまり、驚かれないのですね?」


 スロキアが不思議そうな顔で訊ねてきた。


「いえ、ちゃんと驚いてるわよ。ただ、陛下はご高齢だし、想像していなかったわけではなかったから……」

「そうでしたか、あ、では、急ぎますのでこれで……」

「ええ、ありがとう」


 スロキアが出て行き、私はふぅと短く息を吐いた。

 正直に言うと、自信はなかった。


 もしかすると、私の記憶の前世と違うかも知れない――そんな考えが、頭の片隅にずっと引っかかっていたのだ。


 良かった……これで確実にオープン資金が確保できるわ。



   §



 カイルの部屋に、昔からヴィノクールに仕える年老いた侍女ヤナの姿があった。

 ヤナは何やら神妙な顔で、カイルに何かを訴えている。


「何? アナスタシアが騎士団だと⁉ ハッ……何をふざけたことを……そのような無駄を父が許すはずがないだろう?」

「いえ、本当でございます。旦那様はよく調べもせずに許可を出されてしまいました。しかも、あれは悪評高い『サムルク』と呼ばれる穢れた敗残兵の血筋、そんな下賎の輩が誇り高きヴィノクールの家紋を背負うなどと……あぁ! きっとアナスタシア様は騙されておいでなのです!」


 ヤナは昔から差別の激しい性質たちで、同じ侍女仲間でも、その出自で差別をするきらいがあった。

 今回も敷地内を移動するトニマたちを目にし、カイルに告げ口をしにやって来たのだった。


「まあ、アナスタシアは女だ、騙されてもおかしくはないか……」

「そうですとも、ここは兄であるカイル様が守って差し上げねば、あまりにもアナスタシア様が不憫でなりませぬ! 名門と名高いヴィノクール家にあのような者が出入りするなど……」

「あー、わかったわかった、私から忠告しておこう」


 カイルが面倒くさそうに手を振る。


「あぁ、カイル様、ありがとうございます!」


 ヤナは丁寧すぎるくらいの礼を取り、カイルの部屋を後にした。


「あいつ……騎士団だと? 勝手な真似ばかりしおって……!」


 カイルは席を立ち、真っ直ぐに図書室へ向かった。

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