第14話 「闇に啓示 夜を叫ぶ」

 

 くらい暗い、螺旋に続く石の階段をずんずんと下っていくと、目の前に小さな扉が現れた。

 その扉も周りの壁と同じく、岩を削って作られていた。


 かがまないと通るのが難しいくらい小さい扉だった。また扉には、飛竜を模した銀製のドアのぶが取り付けられていた。


「…………入れ……」


 からからにかすれた老婆の声が聞こえた。


 本来は囁くような小さな声だったが、洞窟のような周りを岩に囲まれたこの場所では、どんな小さな音も反響してしまう。

 そのため老婆が話す度に、彼女の息遣いの音も部屋の中に響いてしまい、まるで強い風が吹いたようであった。


 僕は飛竜を模したドアのぶを握り、それを捻ってからゆっくりと前におした。

 ぎぃ、と音を立て扉が開かれていく。それと同時に、部屋の中の蝋燭の明かりが差し込んできた。



 僕の後にマインが中に入った。


 中はほとんど洞窟のようで、中の明かりは中央の椅子の横にある簡素で小さな卓の上の燭台の蝋燭の炎ぐらいなものだ。

 薄暗く、いるだけで不安感が強まってくる気がした。


 今いる空間には様々な色の長布が天井から幾重にも釣り下げられていた。それら多くの布のがたらされている部屋の奥にちょこんと安楽椅子があり、そこに僕達が会いに来た人物はいた。


 灰色のローブから僅かにみえるその肌は汚れた緑色だった。ソーサーズランドのギドである目の前の老婆は、古代の龍の血が混ざった獣人――竜人であった。  

 名はテラといった。



 椅子に座ったままテラは僕に語り掛けてきた。


「レインよ…… よくも私が預けた禁則をやぶったな…………」


「!……」


「無駄だよ ……私の力は予知だから…………あれほど、ギア使いと戦ってはならないと言ったのに…………」



 僕は以前一度だけ彼女に会っていた。大体半年前、この街でソーサーになったばかりの頃だ。


「……悪かったよ」


「もうよい ……しかし私の予知では、戦えば死ぬという結果のハズだったのだがな」


 テラが体重をかけると鈍い音を立てて椅子は前後にゆったりと揺れた。椅子の動きにあわせて炎が揺らめいている。



 僕のすぐ隣にいたマインがちゃちゃを入れるようにテラに言った。


「あれ? 竜ばばが予知を外すなんて……(さすがに朦朧したのかな?)」


「あ゛あ゛? 貴様に竜ババなどと呼ばれとうないわっ! テラ、もしくはギド様と呼べ」


「は、はい……」


 テラはマインのことを嫌っていた。なんでも昔、マインがこの部屋に一杯になるほどに大量の蛇を放った事があるのだそうだ。


 マインが嫌がらせ大好きという事は周知で別にいまさら驚かないけど、テラが竜人のくせに蛇が嫌いだというのが以外だった。


「だが…… 確かにな こんなことは初めてかもしれぬよ………… 私の予知が外れたのは確か200年前に一度っきりだ……」


「えっ! そうなんだ……」


 零具ギアの力といっても、予知なんて所詮占い程度のものだろうと僕は思っていた。当たることは滅多にないと。


 しかし、もしそんな確実な未来を知るものだと分かっていたら、見知らぬ少女のために命を投げ出すようなことはしなかったかも。ミーシャのために人攫いと戦う危険も冒さなかったかも。


「え? まさかレイン、龍ババの予知はどうせ当たらないとか思ってた?」


「……実は、そうだ」


 僕はもし、予知のことを知らないで死んでなんかいたらなんか馬鹿みたいだなと、自分で思ってしまった。

 そして急に恥ずかしくなってしまった。恥ずかしがってるのが知られたくなかったから、なるべく気取られないように顔をそむけた


「ははは! マジか……! てっきり俺はミーシャちゃんを命に代えてもお救いするっ みたなノリだと思ってたぜ」


「んな訳あるかよ……」


 それにしても前に予知が外れたのが200年前って、一体彼女は何年生きてるんだ? だけどこれを聞くとおこられそうだ。


 テラは僕達の話の中に、レインが黒い森で助けた例の少女の名前が出てきたことに反応を示した。


「……そういえば渡すものがあった…」


 そう言うと彼女は蝋燭の炎に手をかざした。

 するとたちまち炎は、激しく揺れ始め、直後に天井の色とりどりの長い飾り布の内のどれか一つの中から、赤い朱印が押してあるスクロールが降ってきた。僕はそれを掴んだ。


「ミーシャという娘の滞在許可証だ…… 渡しておやり」


「……なんで、許可証が必要だってことを。  ……!!」


 僕は初めになぜテラが、ミーシャがイカフライからソーサーズランドの滞在許可証を作るよう勧められたことを知っていたか疑問に思ったが、すぐにそれが彼女の予知の一部で知りえたことなんだと気が付いた。


「なあ、テラはどんな予知をみたんだ? もしミーシャが許可証を受け取りに来た予知なら、僕達が受け取ったことで、未来が変わったりしないのか?」


 僕は疑問に思い尋ねた。彼女の未来を予知するというのがどの程度のものか知りたかったのだ。


 するとかすれた声で擦るように、しっしっとテラは笑った。


「……ああ、他人の能力についての詮索はマナー違反だったな 悪かったよ、忘れてくれ」


「いや かまわん ただこんな事を聞かれるとは思ってなくてな」


 テラはそう言うと一息ついてこういった。


「……私は可能性を含めた未来も、みることができるのだ」


「可能性を?」


 僕はその言葉の意味がいまいちよく分からなかったが、彼女が次に言ったことで十分に理解ができた。


「私の予知のギア適性率は82パーセント。 私は一つの未来の事象に対し、百のありえるかもしれない未来を知ることができるのだ……そこから一つを伝えているのだ」


「8ジュッ……!!」


 ギア適性率82パーセントというのはとてつもなく驚異的な数字で、世間では50パーセントの適性があれば天才的な才能があると認められた。


 それほどに彼女は例外だった。実際に、僕は82なんて数字を聞いたことがなかったのだ。



「……さっき許可証を渡したが、いらなくなるかもしれぬ…………」


「え? 」



 そこでテラは、僕にある予知を告げた。


…… ! !!」



 アセトンギガ。


 それはレムリアルで一番恐れられている場所。古から悪魔の地として伝承の残る伝説の場所だった。隣にいたマインも目を丸くして驚いていた。


 だがそんなことよりも僕が驚いたのは、テラの予知に始祖しそという名が出てきたことだ。


 忘れもしない。

 一年前、奴のせいで僕はテレスの使えない身体にされていた。 そして過去には故郷を滅ぼされたこともある。……絶対に許してなるものか。


 僕の中で鈍く光る炎が、産声をあげているのが分かった。自然と眼光が鋭くなっていた。


「……レインよ そこでお前は、……何か、大事なものを取り戻すことになるだろう」


「なにか? 何かってなんだ。 いやっ、それよりそこに始祖がいるんだな?!」


 柄にもなく興奮気味にテラへ詰めよっていた。テラは全く動じることなく僕に言い放った。


「ああ、そうだ ……だが私のみたのはアセトンギガで、お前が始祖に出会うという事だけだ 色々と遠いようでよくみえぬ……」


「んん……アセトンギガっていうのはどこにあるんだ?」


 僕は尋ねたが長い時を生きる竜人のテラでさえも、その場所は知らなかった。名前はだけは恐れられているが、場所やどんな所なのかは誰も知らない幻の存在であった。

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