マジカルかっこつけ吉田くん

nandemo arisa

第1話  はじまりの日だけど

1

「ない。」


閑静な住宅街の道端で一花(いちか)は、地面に打ち付けるように置いた学生鞄に頭を突っ込み、ガサゴソと何かを探している。まだ真新しいその鞄の中にはさほど物は入っていない。


「ないないない。えー?」


ガサガサと手荒に中身を探ってみても、出てくるのは真っ新のノート一冊と家の鍵、財布、筆箱にクリアファイルだけだ。

いくら探しても定期が見つからない。あの定期で半年は学校に通わないといけないのに。その上、入学祝いに買ってもらった革製の定期入れに入っている。総額いくらだろう…。脳裏に鬼の顔をした母親の顔が過る。昨日、準備した時に鞄に入れたことは覚えていた。

もうすぐバス停に着くからと鞄を捜索したところ、定期が見当たらなかった。


ピコンピコン


〔一花♡入学式の時、一緒に写真撮ろうね!♡〕


スマホに届いた母からの超ご機嫌メッセージと、ハートいっぱいのスタンプに一花は真っ青になる。


やばいよー! 


やばいやばいやばい、もう戻って探してる時間もないし。もう行くしかないよね。

もしかしたら、家にある?時間ギリギリだったから、チャック開いたまま出てきちゃったせい?


とにかく、入学式終わるまでは平穏に過ごしたい。

定期が無くなったことは帰ってから言おう。


一花は諦めて、すぐそこのバス停までの距離をとぼとぼと歩いた。


バス停には同じ高校の制服を着た1人の男子生徒が本を読みながら立っていた。真っ黒な長めの髪に涼しげな整った顔をしていた。青白い肌は、健康的とは言い難い。


この辺の男子って顔見知りだと思ってたけど、知らない子だな。背高ーい。


一花はチラリと横目でその人を見た。


え…


すると、彼もチラリと一花を見て、覗き込んできた。


「朝川 一花?」


「え?」


一花はキョトンとして彼を見上げる。


「今、失くしものをして困ってるよね。」

「はい?」

「相談に乗るけど。」


正直、ちょっと、いやかなり怖かった。

新手のナンパ?

ていうか、何で名前知ってるんだろ。


「え、まあ、はあ。」

「何を失くしたの?」

「え、定期入れを。」

「へー、何色?」

「茶色ですけど。」


この胡散臭い笑顔を浮かべるこの男子が、一花にはめちゃくちゃ怪しく見えた。だけど、前髪が少しかかった目元が好みだなと思った矢先、彼は可愛くハニカんだ。


「俺さ、魔法使いなんだよね。」

「…。」


声は出なかった。

彼は、ポンポンっとブレザーのポケットを叩くと、そのポケットに手を入れて、ポケットから出した手を差し出した。

すると、その掌には一花の定期が乗っていた。


「え、それー!!」


今の一花にとってそれは本物の魔法だった。



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