第20章―消せない罪―7

 青い月に浮かぶは闇の夜空。数多あまたの星が夜空を照らしだす。鬱蒼と茂った森の中に、誰も住んでいない廃屋があった。そこに彼がひとりきりで居た。誰もいない廃屋の中で壊れた椅子に座りながら歌を口ずさんだ。その歌声はどこか悲しげだった。彼は何をするわけでもない。ただそこに居た。一人でいると誰かが迎えに来た――。



「ここに来られていたのですか、探しましたよ?」



 茶髪に緑色の瞳をした眼鏡姿の青年が、青い瞳をした金髪の彼に話しかけた。近くで話しかけられると後ろを振り向いた。


「ラジエルお前か…。何しに来た?」


「ラファエル様ひとりで下界に降りては危険です。早く天界にお戻り下さい」


「私はここが好きなんだ。ここに来ると落ち着く」


「でっ、ですが……!」


 そこで視線を反らすと、掛けていた眼鏡を人差し指で上にあげた。


「……ですが、ウリエル様に知られればお怒りになるでしょう。彼は貴方様を大切にしておられるのです」


「そんなことお前に言われなくもわかっているさ。彼は私を愛している。私だけではなく、ミカエルや、ガブリエルもな……」


 ラファエルは椅子の上で話すと遠くを見つめた。


「かつて遠い昔に、生命の樹から生まれた兄弟がいた。ウリエルにミカエルにガブリエル。そして、この私だ。兄弟として生まれてくる天使は少ない。ゆえにその特別な繋がりと関係が時に兄弟の本質を歪めるのだ」


「ラファエル様……」


「兄さんは固執しているんだよ。その兄弟と言う特別な繋がりに。彼は我ら兄弟しか愛さない。他者との繋がりを拒絶し、跳ね除けて、見えているものを見ないようにする。そしてそれを揺るがす者に容赦なく牙を向ける。兄さんには正直困っているんだ。キミには私の気持ちがわからないだろう…――?」


 椅子から立ち上がると、悲し気な瞳で彼をみつめた。ラジエルはその瞳に胸を突かれた。


「ッ、ラファエル様…――」


「一度捻れた時計の針を巻き戻すことは出来ない。それは過去においても同じことだ。どんなに心から悔いても失われた時間と日々は戻って来ないんだ。私は、ここに来る度にそう感じる。すべては私の愚かな行為と過ちのせいだ。私があんな事をしなければ、誰も傷つくことはなかったのに……」


 ラファエルは壊れた窓辺に立つと外の景色を眺めた。彼はそこで思いつめた表情をした。ラジエルは黙って、彼の隣に肩を並べると窓の外を2人で眺めた。青い月を眺めながら話しかけた。


「今さっき、歌われていたのはソロモン・グランディの歌ですか?」


「知っているのか…――?」


「ええ。私は昔、この世界の神秘と秘密を探る旅をしていましたから。知り過ぎるのもよくありませんが、知らないよりかは、多くの事を知った方が時に良いとは思いませんか?」


 彼のその話しにラファエルは隣で笑みを見せた。


「お前は相変わらずだな。だが、そう言った所がお前らしい――」


「ソロモングランディは人の一生をコミカルに歌ったものだと聞いております。人の一生を皮肉った歌だとも。私が思うに人の一生はそんな楽なことではないと思うのです。そこにはもっと苦しい事や、辛い事が沢山あると思うのです。そう思うと歌とは不思議なものだと感じてしまうのです」


 ラジエルは隣で話すと、不意に真っ直ぐな瞳で彼の瞳を見つめた。ラファエルはその視線から目を反らした。


「――月曜日に生まれ。火曜日に洗礼を受け。水曜日に嫁を貰い。フッ…なんとも皮肉混じりな歌だな、まるで自分のように聞こえる」


「ラファエル様……」


「私を迎えに来たのは兄さんの命令か? ああ、きっとそうだろ。私を迎えに行くように言われたんだろ。お前は昔からそう言うヤツだからな。それとも自分の意思か…――?」


「私はただ貴方様を心配して迎えに来ただけです……。ウリエル様のご命令で迎えに来たわけではありません」


 ラジエルは答えると、真っ直ぐな瞳で彼を見つめた。その瞳の奥は静かに揺れていた。


「お前はもう、私の部下ではないんだぞ。お前は私の手から離れた一羽の小鳥にしか過ぎない。もうお前が私を心配する理由もないのだ。それを分かって言ってるつもりか…――?」


 ラファエルは瞳を反らすと彼に背中を向けた。

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