第16章―天と地を行き来する者―9

 

「見えてた……? それはキミの意思で?」


「まさか、ボクの意思で姿を見せてたなんてあり得ないよ。ためしに他の奴等に試してみたけど、見えてなかったよ?」


「そ、そうなんだ……」


「ああ、どうやら彼女にはボクの姿が見えるらしいんだ。でも完全に見えてるってわけでもないけどね?」


 ラグエルはそのことを話すと、紅茶を一口飲んだ。ハラリエルはそこで不意に思い出した。


「――なんかおかしいね。ラジエルが昔、ボクに話したんだけど。天界と違って人間界には霊的な力が存在していて、人間側には、僕達の姿が見えていないって言ってた。邪悪な悪魔とか霊は時おり人間に見えたりするけれど、天使は人には見えない超神聖体の力アストラル・パワーが働いていて、これらの二つの力が重なり合うことで、人には見えていないとされているんだ。元々天使ぼくたちは、人間とは別の次元で存在して生きている。だから下界と違って天界は神聖なる力がより高く。そこで暮らしている僕達が下界に降りたら、その力が体に影響を与えるとボクは聞いたんだ」


 ハラリエルは考え込むようにその事を話した。


「そしてもう1つ。彼から聞いた別の仮説は、遥か昔。多くの種族が生まれて、大地から各大陸へと分かれていった頃。天使は地上を監視する為に自ら天に昇り天の上から地上の全てを監視したとされているんだ。きっと恐らく、人に姿が見えないのはそのせいだと思う。ただ、人の目にボク達が見える時は意思が深く関係しているんだ。人間に姿を見せようと思えば、見えるし、姿をわざと見せない場合は彼らには見えない。それが僕達、天使が持つ力が地上に影響を与える力。彼はその謎を解明しようと追究してたけど結局わからなかったって――。つまりキミの意思で姿を見せてなくても、彼女には見えてたってことは、やはり彼女は普通の子とは違うのかも知れない。それか特別な能力が彼女にはあるんだ」


 いつもとは違う雰囲気でハラリエルが話すと、ラグエルは思わず息を呑んだ。


「なっ、なんかキミが真剣にそんなことを話すなんて珍しいな……。天変地異の前触れでもあるまいし、冗談はよしてくれよ?」


「ラグエル、ボクは冗談で言ってるんじゃ……」


「わかった。じゃあ、こうしようか? 今度、彼女に会ったらボクのお得意の能力で完全に姿を消すよ。キミ達、天使でさえもボクが能力を使って姿を消したら探すことは簡単でもないのに、それを人間の子に試してみれば直ぐにわかるよ。ふふふっ。それで試して見ようじゃないか。いい考えだろ?」


 ラグエルはそう答えると、不意に怪しく笑った。


「で、でも……。もしそれでも彼女に見えてたら?」


 ハラリエルはそのことを尋ねた。すると、彼は指先を横に振って答えた。


「それはボクにもわからない。でも、彼女が何者かわかると思わないか?」


「ラグエル…――」


「ふふふっ。実に興味深いねぇ。ああ、そうだった。キミにお土産があるんだ。はい、ローディンのぴよこまんじゅう」


 ラグエルは黄色い包み紙が入った箱を彼に手渡した。


「ボ、ボクに……?」


「ああ、キミにだよ――」


「ありがとうラグエル……!」


「ふふふっ。どういたしまして」


 ハラリエルは彼から和菓子が入った箱を受け取った。興味津々に箱の中を開けると、ひよこの形をした黄色い饅頭が入っていた。ハラリエルはそれを手に乗せると思わず「プッ」と笑った。


「あはははっ! 何このお菓子、なんか可愛い……! 下界って、不思議な物が沢山あるんだね。なんか食べるのが勿体ないよ」


 そう言って彼は楽しそうに話すと、手のひらにぴよこまんじゅうを乗せながら無邪気に笑った。


「そうだろ? このお菓子、キミに似てて可愛いだろ?」


「ボクに?」


「ああ、そうだよ。小さくて可愛いらしい、つぶらな瞳とかね? そして噛ると甘い味がするんだ――」


「ラグエル……?」


 ハラリエルは不思議そうな顔でラグエルをジッと見た。


「――そして、どこかほっとけないような小さくて可愛いところとか……」


 ラグエルはクスッと笑うと、片方の手でハラリエルの顔に触れた。


「だから可愛いくて、ついつい買っちゃった。でも、やっぱり本物が良いな」


「本物……?」


「ああ、そうだよハラリエル。キミはボクの可愛い小鳥だ――」


 彼にジッと見つめられるとハラリエルは急に頬が赤くなった。


「ねえ、ラグエル。きみにはボクが小鳥に見えるの? だって羽もないし、クチバシもついてないんだよ?」


 ハラリエルは小さな疑問を投げ掛けた。すると、彼は鼻で笑った。


「ふふふっ。可愛いねぇ、キミは――。そう言う意味じゃないよ。でも、キミに羽があったら可愛いかもね? キミはそのままで良いんだ。何も知らない無邪気で可愛いままのキミで良い。そして、その無垢な所にボクは触れる。まっさらなキミを少しづつ汚していく。どうだい、素敵だと思わないか?」


「ねえ、ラグエル。それってどう言う意味? ボクは泥んこ遊びは苦手だなぁ。遊んだらラジエルに怒られちゃうよ」


 ハラリエルには何の話の意味がよくわかっていなかった。そんな幼いところにラグエルは惹かれた。



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