第16章―天と地を行き来する者―5

 

 馬車が動き出すと外から両親が彼女に手を振って最後の別れの言葉を告げた。そしてガルシアもユリシーズも別れの言葉を彼女に告げた。アレンは一人そこで黙って彼女の事を見送った。その表情はどこか切なさが滲み出てた。走り出して間もなくすると彼女は馬車の窓を開けてそこから身を乗り出して手を振った。


「さよならみんな…――! 私、向こうでちゃんと勉強してきて立派なレディになって帰ってくるわ! お父様やお母様に恥じない娘として精一杯、頑張る! それにガルシアも元気でね、ユリシーズも元気にしててね! あとアレン…! アレェーン!!」


「っ、姫様……! ミリアリアさまぁーっ!!」


 名前を呼ばれると彼はその場から走り出して馬車を追いかけた。後ろから追いかけてくる彼に、ミリアリアはありったけの言葉をかけた。


「毎日ご飯は食べるのよ……!? 好き嫌いとかもダメなんだからね!? 朝寝坊とかもしたらダメよ!? あと、病気や風邪や怪我には気をつけて…――! あと…あと…――!」


『姫様ぁっ!!』


「ア、アレンっ!?」


 彼は馬車の側を走ると手を伸ばした。彼女は涙を流すと、窓から手を伸ばして話しかけた。


「アレン…――! あっ、あの約束、昨夜の約束、信じてもいい――?」


「昨夜の……?」


「そうよ。昨夜、私に言ってくれたじゃない…――」


「あの約束ですか……!?」


「ええ、あの約束よ…――!」


 2人だけの秘密の話をすると、アレンは彼女が伸ばした手を掴んだ。


「はい、約束します…――!」


「アレン…――!」


 2人は一瞬、掌を握るとその手をほどいた。


「姫様、どうか元気で…――!」


「ええ、貴方も元気でね! さよならアレン! さよなら…――!」


 彼は門の前で立ち止まるとそこで大きく手を振った。彼女はその光景を窓の外から見つめた。少女を乗せた馬車は城門を潜ると馬車を走らせた。彼女は城から遠ざかる景色をジッと眺めた。城から遠ざかるたびに、胸の奥は張り裂けそうになった。自分が生まれ育った城から出る思いは言葉では言い表せないくらいの切なさだった。少女は離れてく景色を眺めながら、馬車の中で涙を流して悲しみに打ちひしがれた。



 さよならローディン……。私の生まれ故郷。三年後、帰ってくるまではどうかみんな元気で。さよならお父様お母様。ガルシア、ユリシーズ。アレン…――。バカね、私……。こんな時に彼に大事なことが言えないなんて――。私きっと、臆病なのね。言ったらきっと、彼に嫌われちゃうと思うから言えないのよ。そのたった一言の言葉が大切にし過ぎて言えないんだわ。だから今は、私の勘違いでいさせてアレン。今はまだ子供けど、いつか大きくなったら貴方に相応しい女性になるわ。そしたらその時は貴方に聞いて欲しいの。私が心にしまっている大切な気持ちを。アレン、私は貴方を――。


 少女を乗せた馬車は城から離れて国を離れ、故郷を旅立った。ボクは彼らと同じく彼女のことを見送った。果たして彼女はこの3年間で、どんな風に成長するのか気になった。見送りを済ますとボクは翼を広げて天へと昇った。


「空を越えて伝わる想いか――。ふふふっ、なんか素敵だね。さて、ボクも彼をいつまでも待たせてるわけにも行かないから帰ろう。待っててね、ハラリエル。もうすぐキミのもとに帰るよ」


 黒い翼を羽ばたかせ地上を離れて天界へと目指して飛んだ。広大に広がる大地を遥か頭上から見下ろしながら、彼は大地に息づく生命の営みを愛でたのだった――。



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