第15章―地に降り立つは黒い羽―9

 

――ひらりひらりと、黒い羽が天から舞い落ちる。漆黒の翼を広げて、彼は天から下界を見下ろした。神が創った箱庭。それがこの地上。人間達の破壊と蹂躙によって母なる大地は汚れ、踏みにじられた大地に咲く花は、それは汚れた花々。そこには創世された時の美しい姿は、もうどこにもない。――綺麗で汚い世界。それでもなお、人は大地を支配しようとする。彼の瞳に映るのは人間達の果てしない欲望。その欲望に身を震わせ、彼は人間達を蔑みながらフと呟いた。


「あいつら人間達は何億年が経っても、いまだに変わらないねぇ。大地の空気が汚れている事にも気づかない。荒廃して腐ったこの世界に果たして希望はあるのか――? それとも先に闇が世界を覆い尽くすか。あいつら人間達は一体どこへ向かうのやら。最後の審判が訪れるのは、そう遠くない未来かもしれないねぇ。その時はボクがキミ達に、世界の終わりを告げるラッパを吹いて知らせてあげよう。そして、この汚れた地上に過酷な天罰をもたらして、全てを無に浄化するんだ。ふふふっ。その時が楽しみだね」


 ラグエルはニヤリと怪しく笑うと翼を広げて天から地上へと降り立った。地上へと降り立つと彼は目的地へと到着した。傘を広げてヒラヒラと、彼は靡く風に身を任せて空中を漂った。それはどこか軽やかで優雅に浮かんでいた。地上には大きな街並みと、お城が見えた。彼は街中を歩く人々を観察しながら、くすっと空の上で笑った。


「ぷっ、バカだねぇ。でもなかなかの良い暇潰しにはなるかな? 天使の観察も面白いけど、人間もなかなか面白いね。彼に見せれないのが残念だよ。さて観光はこれくらいにして、例の子を見つけにでも行くか。確かお城にいるんだっけ、どんな子かな? ハラリエルの夢の中に出てきた少女か。ちょっと興味深いね。さてと…――」


 空中を風に揺られながら漂うとお城へと向かった。そして、傘を広げたままの格好である部屋の窓を覗いた。部屋には少女が一人でいた。ベッドに伏せて、何やら泣いていたのが見えた。ラグエルはそんな様子を窓の外から観察した。


「嫌だったら嫌よ、私は他国へ留学しに何か行かないわ! 何でこの地を離れてわざわざ留学しに行くのよ! 勉学なら、このお城でも学べるわ! 私はアレンと離れたくない! アレンはどこにいるのよ!? アレンを今すぐここへ呼んできてちょうだいっ!!」


「姫様、どうか扉をお開け下さい……!」


「嫌よ! アレンを呼んで来なければ絶対に開けないんだから…――! いくらユリシーズの頼みでも、私は開けないわっ!!」


「姫様、ワガママを言うのではありません! それで未来の女王が務まると思いですか!? この国に生まれた以上、貴女様は未来の女王として、しっかりしてもらわないと困ります!」


「あっち行ってよ、ユリシーズなんて嫌い! 大嫌いよ! 顔も見たくない! おたんこなすのドテカボチャ!」


「ミ、ミリアリア様……!?」


「ドテカボチャの貴方より、私はアレンがいいのよ! お願いだから、アレンと話をさせてぇっ!!」


 少女は泣きながら必死に訴えていた。ボクは正直、見てらんなかった。あれがハラリエルの夢に出てきた子か。顔に似合わず頑固だなぁ。ボクは傘で宙をゆらゆらと浮きながら黙って観察を続けた。少女は相変わらずベッドの上で泣きっぱなしだった。歳は彼とはそんなに変わらない。恐らく一歳違いだと思う。それにしてもさっきからアレンアレンと、誰かの名前を仕切りに呼んでいた。こんなに彼女に想われている男は、一体誰何だろうと、ボクはちょっと興味を抱いた。


「3年もアレンと離れるなんて、死んだのも同然よ! 地獄だわ! 私そんなの耐えられない! 死んじゃう! アレンに会えない3年間で1095日の月日をどうやって私に生きろって言うの!? 1095日が経つ前に、私はきっとお婆ちゃんになっちゃうわ! そしたらアレンに気づいてもらえない……! 嫌よ、嫌ぁああああああっ!!」


 少女はそこで喚き声をあげながら泣き崩れた。ユリシーズはミリアリアの被害妄想に、困った顔でドアの前に佇んだ。


「なっ、なにも大袈裟な……。経った3年じゃありませんか? それにこれは、母上様からのご命令です。いくら泣き寝入りしても、残念ですが私にはどうすることも出来ません――」


「経った3年じゃないわよ! 私が今9歳だとしたら3年で12歳になるわ! 3歳も無駄に年をとるのよ!? その前にアレンが他の誰かにとられちゃう! その間の私の成長姿が見れないなんてアレンが可哀想だわ! ユリシーズには、女の気持ちなんかわからないのよ! あっち行ってよ、あっち行ってぇっ!! ユリシーズなんて大っ嫌いっ!! うわぁああああああん!」


 少女は悲しみの余りに大声を出して泣き出した。ボクはそこで呆れると、天界に帰ろうと思い立った。


「まったく見てらんないよ――。こんなものを見てる暇があるなら、ボクは天界であいつらを観察してる方がマシだよ。ハラリエルは一体、あの子のどんな夢を見たんだろう。まさかこの夢だったり……? ぷっ、まさかね」


 そう思うと、呆れた顔でクスッと笑った。



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