第11章―少年が見たのは―9

「天国でも狩りとか出来るかな? 父さん、また一緒にウサギの罠を作ろう。僕、父さんが教えてくれたウサギの罠とか上手く作れるようになったんだよ? その話をしたら、お母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんが僕の顔を見て驚いていたんだ。お前には無理だって、父さんのようには上手く出来ないって皆で言ってたけど、ちゃんと上手く作れたよ?」


 その事を不意に口にした途端、突然忘れていた事を思い出した。


「――あれ、可笑しいな。なんでこんなことを急に思い出すんだろう。天国でも父さんといっぱい話せるのに……」


 何も言わない父の隣でユングはただ話しかけていた。光のベールが全てを覆うと、彼はそっと呟いた。


「もう寂しくないよ。僕も一緒に行くから…――」


 死と安らぎの永遠を目の前に、少年の心は静かなほど穏やかだった。全てからのしがらみから解放されると、そこで目を閉じた。すると突然、遠くのほうから誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。その声はどこか、懐かしいような声だった。



――行ってはならん! 戻って来い、ユング!――



「あれ、この声……どこか知ってるような?」


――向こう側へは行ってはならん!――


「えっ……?」


――ユングよ、皆の所に戻るのだ!――


 一筋の光は、光に包まれた世界の中で、より強く光り輝いていた。その光は、どこか生命に満ち溢れていた。少年はその光の中から聞こえてくる声に耳を澄ました。


――私の聞こえているかユングよ、今すぐ戻って来るのだ! そのまま向こう側へ行ってしまったら、お前の命はそこで絶たれるぞ! 暗闇の中でまださ迷っているなら、その光の中へと飛び込むのだ!――


「えっ、もしかして……その声は、リーゼルバーグ隊長…――?」


 少年は光の中から聞こえてくる声に反応すると、そこでやっと記憶が蘇った。


「そ、そうだ……! 僕には帰る所があるんだ! 皆の所に帰らなきゃ――!」


 少年はフと呟くと不意に父の顔を見つめた。すると、急に父への想いが少年をそこで踏みとどまらせた。


「ごっ、ごめんなさい……! やっぱり僕は戻れません! 僕が戻ったら父さんは天国でまた一人ぼっちになっちゃう……! 僕はそんなのは嫌だぁっ!!」


 少年はそこで思いを募らせると、一気に心を塞ぎ込んだ。


『もう僕のことはほっといて下さい! 僕は父さんと一緒に天国に行くんだ!』


――ユング、そこに居てはダメだ! 皆のところに戻るのだ!――


「うるさい! うるさい! 僕のことはほっといてくれ、僕はもういいんだ! どうせ向こうの世界に戻っても辛いことだらけだ! 幸せなんて一つもない! 父さんがいない世界なんて僕はいらない! もう、ほっといて…――!」


 心をすっかり閉ざすと、自分の両耳を手で塞いだ。すると光は少年の心に真に問いかけた。


――確かにこの世界は残酷で辛いことばかりだ。必死になって幸せを掴みとろうとしても、その想いは誰かに妨げられて、辛くて苦しいことばかりが悪いように次から次へと起きる。野に咲く花を足で踏みつけるように、人の幸せとは一瞬で儚いものだ。だが、辛くて苦しいからと言って、そこで生きるのを諦めたら何も残らない! それこそ自分の生きた証しも、誇りも、何もかもだ! 人は人で生まれた以上、どんなに人生が辛くて苦しくても生きるしかないのだ! 戦え! 戦うのだ! 諦めるなユング! それにお前にはまだ失ってはいない大切な者達がいるだろ!?――



「……ッツ! 僕に大切なものなんて…――!」



――お前には家族がいる! それを忘れたのか!?――


「リ、リーゼルバーグ隊長…――」


 少年は塞いだ両耳から手を離すと、涙を流しながら体を震わせた。


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