第10章―決着の行く末―6

 矢はハルバートの頬をかすめると、そのまま囚人の背中を矢で射ぬいた。


『グハッツ!』


 矢は囚人の背中に突き刺さると、体勢を崩してそのまま崖から海へと落ちた。ハルバートにはその光景が一瞬、スローモーションのように見えた。囚人が断崖の崖から落ちると、彼の背後でケイバーが笑いだした。ハルバートは背後を振り向くと怒りを露にした。ケイバーは、彼の攻撃を喰らって尚且つ動けない状態であったのにも関わらず、雪の地面を這って移動すると側に落ちていたボウガンを手に取り矢を放ったのだった。彼の執着心はハルバートでさえ、もはや理解不能だった。ケイバーは獲物を狩ったような達成感に満ちるとおかしそうに笑った。


「ハハハハハッ、ザマーミロ! 俺は狙った獲物は必ず仕留める男なんだよ! それにさっき言ったはずだぜ! 囚人を逃がすつもりは最初からねぇってな! アンタも生温いぜ。俺をぶちのめすなら本気でK・Oするべきだったんだ。でもまぁ、これで結果オーライだろ? アンタが引き止める前に、囚人は既に崖から飛び降りて海の中に落ちてとっくに逃げてた所だぜ。俺はそれを阻止してやったんだ。それに致命傷になるように正確に狙って撃ってやった。恐らく、あの傷で海に落ちても助からないけどな。くくくっ、これでようやく任務完了だぜ」


 ケイバーは雪の地面に大の字で仰向けになって寝そべると、そこで目を閉じて勝ち誇った。ハルバートは崖から下を見下ろすと、そこでため息をついた。海面には囚人の姿はどこにも見当たらなく、死体さえも浮かんでいなかった。ただ打ち寄せる波の嵐が大きく揺れては、波を激しく打ち寄せていた。どうみても波にのまれて海の中に沈んだとしか考えられなかった。ハルバートは打ち寄せる波を目の前に、崖の上から悔しさを込み上げるとそこで地面に向かって拳を叩きつけた。


「クソッツ! あと少しで何かわかったのに! あの野郎――!」


 怒り奮いたつと、無造作に落ちている矢を拾ってケイバーのもとに近づいた。


「ハハハッ! 探しても無駄だ! 今ごろはとっくに海の藻屑になってるさ! それにこんな高い所から真っ逆さまに落ちたんだ! 助からねぇよ! あったとしても途中でバラバラになって、肉片くらいは岩山の隅に落ちてるかも知れねえけどな!」


 ケイバーはそう話すと、再び可笑しそうに笑った。すると、ハルバートが彼の頭の近くで矢を地面に向けて突き刺した。


「テメェって奴は本気でやってくれるぜ! あと少しで何か解ったってぇのによ!」


 ハルバートは怒りを込み上げると、矢を地面に突き刺したまま怒りに奮えた。ケイバーは下で彼を見上げると、フと皮肉混じりの顔でニヤリと笑った。


「それは残念だったな。でも、俺は間違ってないぜ。俺はアンタと違って甘くはないからな。やるときはやるって決めてんだよ。それにたかが逃げた囚人相手に何マジになってんだ? アンタこそ頭冷やせよ!」


 ケイバーはそう言って言い返すと、雪を掴んで彼の顔に投げつけた。


「イカれた奴に言われる筋合いはねぇよ。こっちこそ、お前のその執念深さには正直あきれてるところだ」


 ハルバートはそう言って言い返すと鋭い瞳で彼を睨み付けた。ケイバーは鼻で笑うと、人差し指を向けて言い返した。


「執念深いだって? 違うな。仕事熱心だって言ってくれよ。アンタがあそこでアイツを引きとめる前に、囚人はとっくに崖から飛び降りて海の中に逃げ込んでいた。俺はそれを阻止しただけだ。もちろん自分の仕事としてな」


「仕事だと?」


「ああ、そうだとも――。俺は看守でアンタは竜騎兵の隊長だ。そして、囚人は囚人だ。つまりそう言うことだ。看守は囚人を見張っているのが当然だし、囚人が牢屋から脱走すれば看守が捕まえに行くのが当然だ。そして、アンタは竜騎兵として空からの見回りを大人しくしていればいいって話だ。つまり俺が言いたいのは、アンタは部外者だから口出しするなってことだ。これは看守と囚人の問題だけであって、アンタは部外者だから最初から関係ねぇんだよ!」


 ケイバーはそう言って言い返すと、強気な態度で彼を睨み返した。


「とんだ野郎だ。それがお前の本性か? お前こそ看守の癖に逃げた囚人を捕まえずに殺すなんて、とんでもねえ悪党だ。坊っちゃんがそれで納得すると思ってるのか?」


 ハルバートがその事を尋ねるとケイバーは再び鼻で笑った。


「ああ、それで納得するさ。だってアイツは壊れてるんだからよ。囚人を捕まえて牢屋の中にブチ込もうが、囚人を追跡中にやむを得ず殺そうが、奴は何も思わないさ。アンタだって本当はわかってるんだろ? アイツがマトモじゃないってことぐらい――」


「テメェッ……!」


 ハルバートは頭がカッとなると、彼の胸ぐらを鷲掴みして怒鳴った。


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