第5章―死と恐怖―18

2人が紙切れを見つけた頃、拷問部屋に年老いた看守の男。ジュノーがクロビスに呼ばれて部屋を訪れた。


其処で老人の男にケイバーが二三通り質問した。しかし、ジュノーは耳が悪く。質問しても答えるのに時間がかかった。


ケイバーが再度、質問するとジュノーが再び聞き返すといったその繰り返しだった。同じ事を三回尋ねると彼はようやく話が聞こえた。そして彼の質問に頷いて答えた。


昨日はオーチスが無断で持ち場を離れて、逃げた囚人が居る塔に昼間向かって行く所を見たと証言した。


ジュノーがそう答えると、クロビスは黙ったままクスッと笑みを浮かべた。それは何処か冷酷な顔にも見えるような冷たい笑みだった――。



 オーチスは目の前でその事を言われると椅子に座ったまま抗議した。しかし、ジュノーは真っ直ぐ彼を見て答えた。


「あれは間違いなく、オーチスじゃった。わしは耳は悪いが、目はそんなに悪くはないぞ。お前は昨日は持ち場を離れてあの塔に一体何しに行ったんじゃ?」


 ジュノーがそのことを言うと、オーチスは顔を青ざめながら戦慄が走った。


「嘘だ! それは私じゃない! 私じゃない! 何故、誰も私を信じてくれないんだ……!?」


 オーチスは必死で訴えると、肩から力が抜けたように半ば放心状態になった。ケイバーは呆れた顔で黙って笑った。そして、これ以上の質問は聞いても意味がないとクロビスは判断すると、隣にいたケイバーに一言命令した。


 彼に命令されるとケイバーは、ジュノーに持ち場に戻ってもいいと指示を出したのだった。老人の看守は用件が済むと出口へと向かって行った。そして、扉の前で後ろを振り返ると彼に尋ねた。


「……オーチスはどうなる?」


ジュノーが不意にそのことを尋ねた。ケイバーは隣でクロビスの顔色をチラリと伺った。彼は何も言わずに黙ったままだった。ケイバーは自分の頭を片手で掻きながら適度に答えた。


「さあな?」


 年老いた看守はケイバーのその言葉に何も聞き返さずに『そうか』と言って部屋を出て行った。老人の看守が部屋から去って行くとギュータスが慌てて戻ってきた。


「クロビス見つけたぜ! やっぱりコイツは黒だ、間違えねえ!」


そう言って慌ただしく部屋に戻って来ると、彼は聞き返した。


「……ほう。何処にあった?」


「ベッドの脇の隅に落ちてたぜ、それも隠すようにな!」


 彼の報告にクロビスは目を細めた。


「それはつまり、やはりコイツがというわけか――?」


 そう話した途端、彼は鋭い目つきをさせた。


「飛んだ茶番をしてくれたなオーチス。お前にはつくずく呆れてしまうぞ」


クロビスはそう言って鋭い目つきで睨みつけた。そこにいた全員の視線が一斉に彼に向けられた。オーチスは椅子の上で何故だと、必死に訴えたのだった。


 それはまさに彼にとっては、悪夢のような状況だった。そんな彼に救いの手を差し伸べるものは誰もいなかった。絶望と怒りと恐怖が、彼の中を一気に襲った。それは荒波の如く、押し寄せる激しい感情だった。


「早くその紙を渡せ……!」


 クロビスはギュータスから紙切れを受け取ると、さっそく中を確認した。


「ダモクレスの岬…――!?」


その瞬間、彼は狂ったように笑った。


「ふふっ、あはは……! あーっはっはははは! ついに証拠を見つけたぞ! やはりお前は『黒』だったか、これを目の前にしてまだ私に言い訳をする気か!? なんて愚かな奴だお前は! 滑稽すぎて言葉を失うぞ!」


 クロビスはそう言って、大きな声で高笑いを上げた。


「嘘だ、それは何かの間違いだ! 私では無い、それは私では……!」


 オーチスの絶望に打ちのめされた慟哭の声は、拷問部屋の外まで響き渡った。だけどいくら嘆き悲しんで否定しても、目の前にある紙切れだけが真実を物語っていた。


「裏切り者の癖に、今さら見苦しい言い訳はもう沢山だ! 私を散々コケにしやがって……!」


クロビスは躊躇いもなく、彼の顔を平手打ちしたのだった。オーチスは椅子の上で必死に訴えた。


「せ、せめて……! せめて『筆跡鑑定』をしてくれ……! そうすればきっとわかるはずだ! その字が私じゃないことが…――!」


 彼は取り乱したように必死に訴えたが、ギュータスが横から口を挟んだ。


「ふざけんなこの裏切り者が! これが何よりの証拠だ! テメーは看守の癖に俺達を裏切って、囚人を逃がしたんだよ! 今さら泣き言を言ってるんじゃねぇ!!」


 ギュータスはその場で彼の腹部に鋭いパンチを一発喰らわせた。オーチスは椅子の上で苦しむと苦痛の表情を浮かべた。


「わーった。わーった。んじゃあ、この俺が筆跡鑑定をしてやるよ! いいだろクロビス?」


 ケイバーは飄々と口ぶりでクロビスに話した。馴れ馴れしい相手に舌打ちをすると、彼は勝手にしろと命じた。


「よかったなぁ~、オーチス。まだ信じてくれる奴がいてくれてさ。この俺様に感謝しろよな? んじゃ、筆跡鑑定しますか!」


ケイバーはそう言うと早速ことを始めた。


「これはお前が書いた報告書だ。そして、これは例の紙だ。字なんてものは、どれでもいい。必要なのは字の『照合』だ。証拠が本人に結びつけば何んでもいいんだよ。お前が書いた過去の報告書から癖のある字を俺は選ぶ。なんなら紙とペンを渡してやるから、ここで書いてもいいぞ?」


 淡々と話す彼を目の前に、オーチスは緊張感で息を呑んだ。


「そうだな。ダモクレスの『ダ』の文字はお前は書き方に癖があるみたいだな。じゃあ、癖がある字の『ダ』をお前が書いた過去の報告書から1枚選んで照合してみようか?」


 ケイバーはそう言うと淡々と作業を続けた。


「……フン、茶番が!」


クロビスは呆れながら横で愚痴をこぼした。彼は緊張の余りに顔から異常なほどの汗を流した。


「さーてと、どうかな?」


 ケイバ-はオーチスが書いた過去の報告書から『ダ』の文字を選ぶとそれを例の紙に書いてある『ダ』の文字と照合をしたのだった。


「ん~。これはどう見てもお前の字だな。ガルザ文字の『ダ』と、お前が書くガルザ文字の『ダ』はやはり書く時に癖が出ているようだ。つまり、この紙に書いてある文字は間違いなくお前だ!」


 ケイバーはそういうと、ニヤリと陰湿的な笑い方を見せた。

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