23,夜にのむ
その後、3人はダリア伯の用意した各々の寝室へ移動した。
しばらくしてシアンが寝ついたあと、用を足すためにマゼンタは部屋を抜け出した。しかし、トイレの場所を
ふと、通り過ぎようとした部屋の前でマゼンタは足を止めた。中からバン爺とダリア伯の会話が聞こえてきていた。
「……なんと、それは本当ですか?」
「あくまで、今のところはワシの
「ローゼス卿がそう言われるならば、信用するには十分でしょう。……しかしあの男め、等級をはく奪されただけでもまだ温情ある処置だったというのに……。なんという奴だ」
「……ワシはあの子を王都に連れて行くのは、魔導医に見てもらおうとも思っとるからでな。あの子の体が心配じゃ」
「……ローゼス卿、私がすべて手配します。引退なされた貴方がそこまでなさる必要は……。」
「……老い先短いジジイの最後の
「ローゼス卿……その、ご子息は自ら命を絶ったとは……。」
「気休めはよさんか。そうとしか、思えんじゃろう……。」
マゼンタはまわりまわって、
「……独りで飲んでてつまんなくない?」
とつぜんのマゼンタの登場と、主人に内緒の息抜きを見られた執事は
「あ、貴方様は……。なぜこちらに? お、お休みになられてのでは?」
「あわてなくていいよ、チクったりしないから」
マゼンタは執事の横にどかっと座った。そして杯を執事の前に出した。
「あたしも飲み足りないの。そそいでよ」
堂々と隣に座る若い女性にたじろぎながら、執事は酒をそそいだ。マゼンタはその酒を一気飲みする。
主人の大切な客人、さらにその若い女性が
「ささ、おじさまも飲みなよ」
マゼンタは執事の杯になみなみと酒をそそいだ。
「あ、ありがとうございます……。」
すでにかなり飲んでいた執事だったが、マゼンタの勢いにおされ、杯を大きく傾けて酒を飲む。
「へぇ、良い飲みっぷりだねぇ。やっぱり男は性格が飲みっぷりに出るよね」
脚を組み、
「は、はは、恐縮でございます……。」
さらにマゼンタは顔を執事に近づける。執事は息をのんで身じろぎをする。
「おじさまって、けっこうあたしの好みなんだよねぇ」
「へ?」
「あたしが食事中もずっとおじさまのこと見てたの、気づいてた?」
「そう……でございますか?」
「なぁんだ、けっこういけずなんだなぁ」
マゼンタは執事の膝に指を
「ご、ご冗談を、こんな年寄りを……。」
「え? 知らなかった? あたし、バン爺のこれなんだよ?」
マゼンタは小指をたてて見せた。執事は思わず目を丸くして「へぇ」と間抜けた声を上げる。
「でもさぁ、やっぱりお爺ちゃんだから、あんまり相手してくんないんだよねぇ」
「ま、まぁ、そもそもローゼス卿は、昔から身持ちの硬いお方でしたから……。」
「へぇ、おじさまもバン爺の事知ってるんだ?」
「それはもう、あの方は1級の魔術師でしたし……お、お?」
マゼンタは再度、執事の杯になみなみと酒を注いだ。
「ねぇ、あの人の事、もうちょっと詳しく聞かせてくれない?」
「詳しくと……申しますと?」
「あの人ってさぁ、自分の昔のこと話したがらないのよぉ。1級の時どんな活躍してたとかぁ、家族の事とかぁ。なんだか
「あ、まぁ……。」
執事がそそくさと顔をそらす。
「好きな男の事って、知りたくなるものでしょ?」
マゼンタは執事の逸らした顔をのぞき込む。
「なっ」
「今は……おじさまの事を知りたいかも……。」
「ははは……。」
「さ、飲んで」
執事はマゼンタにうながされ杯を傾け続け、焦点が合わなくなり始めていた。頭髪の後退した頭は真っ赤になっている。
マゼンタは横目でそんな執事を見ながら自分も杯を傾ける。そして大きくため息をついてうつむいた。急なマゼンタの
「……どうなされました?」
「あの人ね……きっと昔の家族の事を気にかけてるから、あたしの相手をしてくれないんだと思う。……きっと息子さんの事よね」
マゼンタが顔を上げ執事を見ると、執事は慌てて目をそらした。マゼンタは手ごたえを感じる。
「ねぇ、あの人の息子さんって、どうして亡くなったの?」
「あ、いや……それは……。」
マゼンタは執事の手を取った。
「お願い、誰にも言わないから。好きな人が、どういう人生を送ってきたのか知りたいだけなの」
「は、はあ……。」
マゼンタは執事の手を強くにぎる。目が少しうるんでいた。酔いの回った執事の頭は、こんなマゼンタの願いを
「……誰にも言わないと約束していただけますかな?」
「もちろん」
そう言ったものの、執事はのどに声が引っかかっているように、何度も語り出しそうにしてはためらい、マゼンタから目をそらしたりしてようやく話し出した。
「……あくまで聞いた話ですし、その話も噂話の域を出ないのですが……その、世間で言われているのは、ローゼス卿のご子息は自ら命を絶ってしまった……“らしい”という事でございます」
「……自殺? どうして?」
そこまで大きな声でないにもかかわらず、慌てて執事はマゼンタの声のトーンを抑えるように両手をふった。
「あくまで噂です。……ご存じのように、ローゼス卿は1級魔術師でございました。しかし、ご子息はあまり才能がなかったと申しますか、まぁお父上が類まれな方だったということだったということなのですが、
マゼンタはバン爺の腕にある、白い腕輪を思い出していた。
「1級のお父上をお持ちだというのに、自身が7級で限界だという事実がよほどショックであられたのでしょう、等級を受けてしばらくして……ローゼス卿のご子息は川に身を投げられてしまったのです……。」
「本当に? だって、事故で川に落ちたのかもしれないよ?」
「川辺に、脱ぎ捨てられたご子息の上着と靴が残されておりました。それに……。」
「それに?」
「川に身を投げる前に、自室にあった魔導書の
「……そりゃあ」
「……それ以来、ローゼス卿は王室
「……そう、なんだ」
「人格者として名高いローゼス卿のことです、きっとご子息に厳しい言葉をかけたわけではないのでしょう。しかし、やはり偉大な親を持つと、子は苦労するものなのでございましょうな……。世間の目というものもございますし……。」
「……ありがとう」
マゼンタは立ち上がり部屋を後にする。
「くれぐれもこの話はご内密に……。」
マゼンタはふり返った。
「大丈夫、すごく酔ってるから明日の朝には忘れるよ。……あなたもでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます