第4話 泥試合前夜7

 *



 少年たちの笑い声がひときわ高くなる。

 長い物思いから、ワレスはさめた。


「そう言えば、ジェイムズ。あのあと、おまえ、ベルナールのために知恵をしぼってやったろう?」

「あれ、知ってたのかい?」

「ベルナールにあたった泥玉からブローチが出てきた。それで、けっきょく、前日に泥のなかに落としてしまったことに気づいてなかったんだって落着した。盗難ではなく、ただの勘違いだったと。あれは君の入れ知恵だ」

「そうだよ。そのほうが誰にも傷がつかなくてすむ。ベルナールとドニも仲なおりしたし、大事にすることを望んでなかった。でも、君がそれを知ってたとは。あのとき、君だけさきに帰ってしまったのに」


「わかるさ。校庭じゅうのぬかるみのなかから、ぐうぜん、なくなったブローチが見つかるなんてありえない。しかも、あれだけ大きなブローチだ。もしも泥といっしょにつかんだら、そのとき感触でわかる。玉にして相手にあてるまで気づかないなんてこと、あるはずがないんだ。誰かが泥玉に隠して、わざとベルナールにぶつけた。だとしたら、真相を知ってる君か、ドニか、ベルナール自身がやったこととしか考えられないからな」

「なかなか、うまいことしてやったと思ったんだがなぁ。君にはなんでもお見とおしだな」


 ジェイムズは人のいい顔で笑っている。

 笑顔がまぶしい。

 無言であの日のことを責められているような心持ちになる。


 あのときにはまだ、ルーシサスがいた。

 あのあと、ワレスの一言が、ルーシサスを殺したのだ。

 悔やんでも悔やみきれない。


 もしも、あのころに帰って、当時の自分を止めることができるなら、どんな犠牲でも払うのに。たとえ、自身の命を奪ってでも、ルーシサスを生かしたい。


 そう思うと、自分のあやまちに気づいて、ドニに謝罪することができたベルナールが羨ましい。


 ワレスにはできなかった。

 まちがった道を一直線につっ走ってしまった。


 無邪気に笑う少年たちを見ていると、ホロリと涙がひとすじ、こぼれおちる。


 ジェイムズは沈黙を守ったままついてくる。

 悲しい思い出の並木道。

 たったいま、ここを歩くのが、ワレス一人でなかったことを感謝した。

 もしもそうだったなら、ワレスは平静でいられなかった。

 きっと、亡くした恋人の影を探し求めて泣き叫んでいた。


 でも、今は不思議と、どこかあたたかい。涙の味はあいかわらず、ほろ苦いが……。




 了

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