第4話 泥試合前夜5
(ドニが犯人じゃない? もしそうなら、ブローチを盗むチャンスがあった人物は一人もいなくなる)
ワレサは別の観点から思索してみる。
「寮長。各部屋の鍵にはマスターキーが存在しますね?」
「あるね。寮母のエスピナス先生が管理していらっしゃる」
「生徒が持ちだすことは可能ですか?」
「先生にたのめばできる。が、先生は誰にでも貸しあたえるわけじゃない。できるのは、生徒のなかでは私だけだね」
ならば、その線もない。
寮長が自分で盗んだのなら、ワレサの助力など得ず、自力で問題を解決して手柄にするだろう。つまり、最初からそれが目的で盗んだことになる。
「四人部屋の窓は二人部屋より大きいですか? そこから誰かが入りこめるかどうか、という意味ですが」
ドニはちょっと考えて首をふる。
「ムリだろうね。窓の大きさもだけど、僕らの部屋は三階だ。バルコンもないし、手の届くような木の枝もない。壁をはうトカゲでもないと」
これはもういったん、侵入の可能性はすてるしかない。人間関係でしぼるべきか。
「ところで、ドニさま。あなたはベルナールさまの幼なじみということですが、パトリックさまはいかがです?」
「パトリックも親類だ。でも、ベルナールとパトリックは学校へ来てから初めて会ったんだ。二人は実家が遠いので」
「あなたほどには、ベルナールさまと親しくないということですね?」
「まあ、そうなるかな」
パトリックにしてみれば、ドニが目ざわりであるとも考えられる。ベルナールの親友は自分であるべきと考えたなら、ドニはジャマな存在だ。
なんらかの方法を使って、パトリックがブローチをちょろまかし、それをドニのせいにした。ベルナールとドニの友情を裂くために。
そんなところだろうか?
「パトリックさまはベルナールさまのことを、どう思っておられるのでしょうね?」
「さあ? パトリックはあんまり自分の気持ちを話すヤツじゃないからね。でも、ときどき、ため息はついてる」
「それは、心からベルナールさまと親しくしているわけではないと?」
「パトリックはがんばってるよ。ベルナールは母上のこともあって、ちょっと愛情表現が不器用だからね。子どもっぽいカンシャクも起こすし。でも、それはさみしさの裏返しなんだ」
案外、バカではなかった。ドニ。
パトリックが家庭の事情(おそらくは親からの要望)で、いずれ一族の長になるベルナールにつきあわされていることには勘づいていたわけだ。
「単刀直入に聞きます。パトリックさまが、あなたをおとしいれるなんてことがあると思いますか?」
ドニは困惑している。しかし、となりに立つジェイムズが首をふった。
「それはないよ。パトリックはそういうヤツじゃない。僕はパトリックを信じてる」
おまえの信頼なんて、どうでもいいんだよ。
が、その言葉は胸の内だけにとどめる。
幸い、ワレサがイラつく前に、ドニが言いだした。
「でも、パトリックじゃないと思うなぁ。だって、あのとき、パトリックがベルナールの机に近づくヒマなんてなかった。パトリックは僕のうしろに立ってたし、ベルナールは部屋に入ってから、まっすぐ机に近づいていった」
「まっすぐ?」
「うん」
「失礼ですが、そのとき、時刻はいつごろでしたか?」
「入浴したら食事の時間になってたんだ。だから、食堂へよって、
「ではもう、部屋は暗かったですよね?」
「暗かったね。窓の
「誰かが明かりを持っていましたか? カンテラか
「いや。僕が部屋のランプに火をつけるまで、明かりはなかった」
ワレサはだまりこんだ。
犯人がわかったのだ。ただ、なぜ、そんなことをしたのか、さっぱり見当もつかない。
「ドニさま」
「うん?」
「もう一つだけ聞かせてください」
「何を?」
「ベルナールさまがラ・ギヴォワール侯爵家の養子になるという約束は、どういう事情からですか?」
「侯爵に子どもがないからだよ。侯爵さまはもう四十なんだ。それで、ベルナールの父上が、侯爵の弟君にあたるから」
「最近に、ラ・ギヴォワール侯爵さまにお会いになったことがありますか?」
「いや、ないよ。ベルナールは手紙をもらってたみたいだけど。そう言えば、あのあとから機嫌が悪いな」
寮長のロベールは少し、じれてきたようだ。
「ワレサレス。君はいつまで話しているんだ? できれば今夜じゅうに片をつけたいのだが」
「さようですね。明日は朝から泥試合です。今夜のうちに解決しましょう」
「というと、君には——」
「ええ。もう、わかりました。急ぎましょう。おそらく、犯人は今、次の行動に移っていますよ」
ワレサは彼らをせかして、三階へあがっていった。
三階のドニたちの部屋だ。
前もって、カンテラの灯は消してあった。足音を忍ばせ近づいたのち、いきなりドアをあける。
まちがいなかった。
犯人はたったいま、ドニの机の引き出しに、それを隠し入れようとしていた。
「油断しましたね? 今夜ならドニさまは帰ってこない。
あけはなたれた扉の前で、ベルナールがうろたえた。
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