第5話 狼男の求愛2



「そもそも、マチアスは幼少時から奇行が目立ったのだそうです。夜になると一人で庭を歩きまわったのだとか」


 アマンディーヌのひとめぼれした男は、アズナヴール家のマチアス。夜中に徘徊する奇癖あり。


「たんに大人の目を盗んで夜遊びするのが楽しかったのでは?」


 ワレスが口をはさむと、ポレットはしかめっつらをした。なるほど。堅苦しい。


「猟犬が何度も死んだのですよ。残酷にひきさかれて。マチアスがやったのです」

「ほんとに? 敷地に入りこんだ獣の仕業ではありませんか? クマや狼などの?」

「違いますよ! なにしろ、わたくしはこの目で、マチアスが変身するのを見たんですから」


 そうだ。そこが知りたいところだ。人間が化け物に変わるだなんて、ありえない。


「いつです?」

「アマンディーヌがアズナヴール家の晩餐ばんさんに招待されたので、わたくしもついていったのです。その夜ですわ」

「何刻くらい?」

「真夜中です」

「アズナヴール家に泊まったのですね?」

「それがどういうわけか、わたくし悪酔いしてしまいまして。ほんの少し食前酒を飲んだだけですのに」


 お行儀を気にする婦人らしくない。ワレスは違和感をおぼえた。酒に何か入れられていたのかも?


 ポレットによると、こういうことらしい。


 晩餐会で飲みすぎたポレットたちは、アズナヴール家に泊まった。

 夜中に悲鳴が聞こえ、ポレットは目が覚めた。ろうかをのぞくと、そこにマチアスがいた。なんだかフラフラしてふつうのようすではなかった。

 そして、とつぜん苦しみだしたマチアスは獣に変化した、と言うのだ。


「悲鳴はなんだったのですか?」

「猟犬が殺されていたのですわ。朝になって、屋敷の者が見つけました」

「マチアスがやったのだと?」

「さようです」


「でも、じっさいにマチアスが犬を殺すところを、誰も見ていないのでしょう?」

「マチアスの着ていた服に血がついておりました」


 たしかに情景を想像すると、マチアスは怪しい。

 だが、ポレットは堅物で偏見が強い。証言が誇張されている可能性がある。


「マチアスの変身をいっしょに見た人は?」

「わたし一人です。娘は寝入っておりましたから」


 せめて娘の話も聞きたいものだ。


「ご令嬢はおられますか?」

「ええ。自室に。マチアスは危険な男だと、よくよく言い聞かせてやってくださいませ」


 てきとうにうなずいて、ワレスは侍女に案内を頼んだ。厳しい母のいないところで話したかったのだ。


 アマンディーヌは三階のベランダもない部屋に閉じこめられていた。ぬけだしてマチアスに会いに行かないように監視されているようだ。


「こんにちは。お嬢様」


 ワレスを見て、アマンディーヌはガッカリした。恋人が来てくれたと期待したのだろう。

 ポレットでさえ、ワレスと顔をあわせたとき、うっすら頬を染めたのに。皇都一とは言わないまでも、十指には入る美青年だと自負するワレスにとっては心外だ。それだけ、マチアスへの想いが本物だとわかる。


「あなたの恋人は狼男だという話ですね?」

「そんなのは……ウソです」

「では、あなた自身は見ていないわけだ」

「マチアスと結婚させたくない母が、ウソを言ってるんです」


 令嬢はポロポロ涙をこぼした。とつぜんの感情の発露はつろ。どうやら繊細な娘らしい。


「母は礼儀作法にとても厳しくて、わたしは言いなりでした。母に言われたことをなんでも守るいい子で……でも、ほんとはずっと我慢していたんです。自分がやりたいこと、言いたいこと、抑えて、母にあわせてきました。初めて決心して、母に逆らったんです。結婚相手は自分で決めるって。母はそれがゆるせないに違いありません」


 気弱な娘の最初の反抗が、見事に大失敗だったわけだ。


「それで、泣いてあきらめるのか?」


 たずねると、アマンディーヌはハンカチをもみしぼりながら、ワレスを見つめる。わたしにはもう母に抗う気力がありませんと、その目が告げている。


「ほんとに後悔しないのか? このままだと、母上の決めた相手と愛のない結婚をして、一生を終えるぞ?」

「それは……」

「マチアスを愛しているんだろう?」

「もちろんです」

「だったら、真実を探しに行こう」

「真実を?」

「そう。ほんとのこと。ほんとの愛。ほんとの自分」


 ワレスは手を伸ばした。

 この檻に鍵はかけられていない。そこから出る意思を、アマンディーヌが奪われているだけだ。

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